レトリック最重要キーワード100
ア行

行の先頭にある文字をつなげると、別の内容が現れる

「避難訓練のポイントはおかし」「おしゃれで かなりいけてる 小学…」-『せんせいのお時間』/「縦読み」もアクロスティックの1つ。先頭の文字だけを順に読むと意味が現れるように、配置するものです。ことば遊びの一種で、特に暗号とか符号として使われます。「ななめ読み」はメソスティック。

「つづり」を並びかえて、意味の違うことばを生む

[ノ コ エ ウ ン キ]…「『金庫の上(キンコノウエ)』じゃなくて『公園の木(コウエンノキ)』だったんだ!」-『ツイてるカノジョ』/文字の順番を入れかえると意味をもつように、文字を集めておくものです。ことば遊びの一種で、とくに謎解きに用いられます。また、クイズ番組などで出題するときの典型的なパターンです。

レトリック(修辞学)を創ったエラい人

「万学の祖」と呼ばれます。レトリック(修辞学)を学問としたのも、やっぱり彼です。「隠喩」が美しくて「直喩」はヤボだ、という主張したのも、彼です。21世紀にもなお影響を与え続ける、紀元前4世紀の人。

前に言った内容、あとから別の言いかたをすること

「美鳩は 採用! レンは クビ(不採用)」(;ロ;)「冗談だ 二人とも合格だ!」-『君が主で執事が俺で』/言い換えには3つのパターンがあります。(1)訂正:前の発言を間違ったとして変更するもの、(2)換言:前の発言より伝わりやすい表現を変えるもの、(3)換語:伝えたい内容は変えず、ただ変わった言いまわしをまねるもの。もし「(2)換言」「(3)換語」の表現を見つけたいのであれば、類語辞典(類義語辞典)を見るのをオススメします。

効果のある文を作る技術がまとめられ、利用しやすくなっている

より理解を深める、説得的に伝える、美しい表現を編みだすことを求めて使われる技法です。たしかに悪いイメージが強い。人を騙す、形ばかりで中身のない表現を生む、見た目だけ芸術的な表現を作るといった技巧にもなる。それを含めて、何かの効果を加えるものです。 定義

悪用して、人をダマし操ったりする道具に用いられる

また犯罪はないしろ日ごろの生活で、あまり良くない使い方もできます。たとえば、主張を無理に押しとおす手段になる。秘密が知られないよう隠すため、目をそらすのに有効となる。そのようなマイナス面も含めてレトリックは、表現に効果をもたらす手段になります。定義

[●●のような][まるで●●]と例えだという目印をつけない

「あたしらは1年2組のオール阪神・巨人て呼ばれてる」-『ラブ★コン』/隠喩はふつう《(A)[●●のような][まるで●●]などの目印がないもの》をいいます。ですが学問としては《(B)「元々言おうとした」こと「実際にされた表現」とが一体となることで、そこに新しい「類似性」が生み出され発見されるもの》あたりが平均かと考えます。メタファー比喩

知られている表現を暗に引用しつつ、それに手を加える

米や麦がないのなら点心(おかし)を食べればいいじゃない-『封神演技』/有名なフレーズを踏まえて引用しながら、独自の意味を加えることによって重層感を出すことです。より重みのある表現ができる この「引喩」を使う、その元となるフレーズは。すでに世の中に広まっている、そんな言いまわしを使います。

音の調子がリズミカルになるように順番にならべる

『絶対可憐チルドレン』『GUNSLINGER GIRL』/決まったルールにしたがって音を並べてリズム感を出すものです。多くの場合ヨーロッパの言葉では「頭韻」「脚韻」など音の響きで、日本語などでは「5・7・5」「5・7・5・7・7」といった音の数で表します。和歌短歌

学問全体はrhetoric、個別の言いまわしはfigure of speech

レトリックという学問の全体をあらわすものを、英語でrhetoricと呼びます。ドイツ語ではRhetorik、フランス語ではrhétorique、古代ギリシア語はῥητορική。また《擬人法》《直喩》のような具体的な技術については[英figure of speech] 。[独Rhetorisches StilmittelまたはRhetorische Figuren][仏Figure de style][古希Σχήμα λόγου]。

ものごとを遠回しに言う

「ちょっと行ってくる ……ついて来ないでね」(…トイレか……) -『とらわれの身の上』/相手に不利益になることや不快感を与えるようなことを、ぼかして表現するものです。この言いまわしの特徴は「表現を弱める」ところにあります。ほぼ全てのレトリックは「表現を強める」が、そこに大きな違いがあります。

「ガタガタ」(擬音語)と「しなしな」(擬態語)をあわせたもの

ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜♪ 謎の擬音と共に、はい元通り。—『撲殺天使ドクロちゃん』/つまり擬音語と擬態語をまとめて「オノマトペ」といいます。擬音語は「ガタガタ」「バンバン」のように、実際に聞こえている音を参考にしたもの(擬音語)。擬態語は「しなしな」「ふらふら」のように、様子・心情などを感覚的に写しとったものです(擬態語)。ただし、擬音語とも擬態語ともいえるオノマトペも多くて、文句のない区別はできません。なので学校の国語のテストでは「このオノマトペは擬音語と擬態語のどちらか?」という無茶な出題はありません。

1つのことば中で、2つの音が位置を取りかえるもの

「ハ〜ルちゃんっ ひおしがり する〜?」-『桜蘭高校ホスト部』/ことばに含まれる音の場所が、入れかわるものです。ことばの使い手が、子供であることをあらわします。幼児語の典型的なものです。また、あせってしまっていて、ろれつが回らなくなっている様子を写しとることもあります。幼児語

カ行

見た目では1つだけれど、内容面では2つの意味を持たせる和歌の技術

発音が似ていることを使って、1つの言葉に2つの意味を持たせる和歌などの技巧です。「眺め」と「眺め」、「流る」と「泣かる」、「世」と「夜」などがあります。和歌《~人めも草もかれぬと思へば》の「かれぬ」は「枯れぬ」と「離れぬ」の2との意味を持ちます。和歌

2つ以上のシーンを交互に描いて展開する

視点が異なるシーンを2つ以上用意して、これをくり返し入れるものです。スリルのある緊迫したシーンを映し出したり、盛り上がりのある印象に残る表現になります。なお、短いショットの反復(各ショットが「短い」とき)に限ることもあります。

日本でレトリック研究で、中心となっている2冊

佐藤信夫の著書。日本でのレトリックの研究は、この2冊を軸にしています。この内容を発展させるタイプ。また逆に批判して、新しい考えかたを示すタイプ。どちらにしろ、この2冊が出発点です。/これより先は、個人的な意見。「レトリックの本」をググると多くのサイトで「この2冊を読め」と言っていますが、この本は真っ先に読むのには難しすぎます。名著なのは確かですが、入門書ではないと思います。 佐藤信夫

漢語、とくに漢詩での技術は、ふつう修辞と呼ぶ

漢文や漢詩の中で使われるテクニックを、修辞といいます。平仄や韻の踏み方ルールがあります。明治時代に西洋から rhetoricという知識が輸入されたときに呼び方が考えられ、結局これを「修辞」という単語をあてました。「rhetoric」と「修辞」は、意味が凄くにているものです。でも同時に、ごくわずかだけ違うものです。日本のレトリック研究が混乱している原因の1つです。

あるものを密接に関連するもので言いかえる

(ホントに 夏がはじまっちゃったんだ)-『おおきく振りかぶって』/ 例文に出てくる「夏」というのは、「夏の高校野球の予選大会」のことです。そこに「換喩」の性質があらわれています。あるもの=「夏の高校野球の予選大会」、密接な関連=「夏のイベントの1つ」、言いかえ=「夏」となります。 個人的には「提喩」「換喩」という区別は教壇事例でだけ成立する、議論の実益のないものだと考えます。って書いたら怒られるだろうなあ。提喩

オノマトペのうち、実際にある音をもとにことばにしたもの

じつは擬音語は決して、聞こえる音をそのまま声にしたものではありません。ニワトリの鳴き声は日本語で「コケコッコー」と書きます。ですが英語では「cocka-doodle-doo」、ドイツ語では「kikeriki」、フランス語では「coquelico」と鳴きます。ニワトリは、国が違っても鳴き方は同じはずです。擬音語はあくまで、聞こえた音をもとに声にしたものです。オノマトペ擬態語

古代ギリシアで誕生し、日本は明治初期に導入した

古代ギリシアで、裁判に勝つ技術として誕生。その後アリストテレスが学問として打ち立てました。中世ヨーロッパでは「型どおりの表現を詰め込むムダな授業」と言われながらも教育が続けられました。日本では明治初期に、このレトリックを導入しました。明治時代のレトリック研究としては、五十嵐力が頂点といえます。数年前に日本語ブームがあり、そこでプチ流行が起きました。

人でないものを人であるかのように扱うもの

物、動物や植物が話をするので、楽しさのある生き生きした文になります。身近ではなく分かりづらいものでも、人に例えることで理解が進みます。しかし最重要なのは「人間ではないものを人間に」ということが発想の転換を生む、ということです。

音をたてないものを、音によって象徴的に表すもの

「若く ピチピチ モエモエな女子高生達が たくさん出てきてメロメロさっ」-『フルーツバスケット』 /「様子」や「心情」などを描写。世の中で起こる色々な状態を、言葉にうつしたものです。ポイントは2つ。1つ目は、「擬態語」「擬音語」はキッチリ分けられないという点。2つ目は傾向として、擬音語には「カタカナ」を使い、擬態語は「ひらがな」を用いることが多いという点です。オノマトペ擬音語

レトリックを使うことで、ごまかしやダマすのを助長しかねない

レトリックは、より説得的に伝えるのに役立ちます。けれどもそれは危険を伴います。もしダマすために使ったら、それを手助けすることになるからです。ですがここでは逆に考えてみて下さい。なにかオイシイ話があたっとき「レトリックを使って説得的にダマそうとしているのでは?」かどうかを、見抜かなくてはいけなくなった。そのときレトリックを知っていることは重要だし、その結果ダマされにくくなる。そのように考えてみることもできます。>意味(悪い)・問題点・悪い点

「擬人法」とか「隠喩」とか、いろいろな技法がある

では合計するといくつか。それは決まっていないし、知っても意味がありません。ただレトリックに関する、大きめ辞典やサイトを見たかんじでは200種類~400種類くらいを解説していました。ですが「これをレトリックの数だと考えるのは正しくありません」。ここに書いた数がインターネット上で正解のように扱われることがないよう、深く願っています。 意味(すぐれているところ)・目的

一見すると非常識だけど、よく考えると的確な考えかた

「逆説」とは、表現の上では一見矛盾しているようだが、よくその真意を考えてみると、事の真相などを的確に指摘している説です。例:「急がば回れ」。これに対し「パラドックス」という言葉もあります。これは一見成り立つように思えるが、実際はそれ自体に矛盾したものをいいます。例:「わたしはうそしかつかない」。レトリックでは「逆説」のほうを扱います。対義結合

五感の間で表現の貸し借りをするもの

触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚の五感の間で表現をやりとりするものです。表現したいと思っている感覚表現を、ほかの感覚表現をつかって表します。

2回出てくる言葉を、ひとくくりにする

(マッキーの言葉が 夜空に響く 遠く高く あたしの心にも)-『学校のおじかん』/数学の「カッコでくくる」(共通項をくくり出す)という作業を、ことばで行うイメージです。【夜空に×響く+あたしの心に×響く】=【(夜空に+あたしの心に)×響く】という流れで「響く」が1つになったと考えます。くびき語法それ自体は、派手さもなく珍しくもありません。

くり返しによってリズミカルになるのが特徴

「おなかへった おなかへった おなかへった おなかへったって言ってるんだよ?」-『とある魔術の禁書目録』/ほかのレトリックと比較すると、同じパターンが並ぶことからリズミカルになるのが特徴です。ほぼ全てのレトリックが「強調」の効果があるのだから、「くり返し法・反復法」の特徴を「強調」とするのは不正解です。なおレトリックの学者達は分類が大好きなので、つぎのような点に着目して分類します。 「(1)くり返すのは単語・文・音のどれか」「(2)くり返しは2回だけか3回以上か」「(3)くり返しは連続なのか間隔をおいているか」「(4)くり返しは全く同じものか似ているが異なったものか」。しっかり違いがあるのですが、ここでは触れません。畳語法(単語のくり返し法)

レトリック(修辞学)は言語学の中の1つにあたる

学問の位置づけを、カンタンに決めることはできません。なのでここでは、図書館の分類(NDC)を紹介しておきます。レトリック関係の本は、図書館の分類(NDC)では[816文章・文体・作文-8言語]、[801言語学-8言語]、[810日本語-8言語]あたりにあります。なので言語を扱うという広い意味で、レトリック(修辞学)は言語学の1つだといえると思います。アリストテレス

大学受験の現代文で使われる「レトリック」という用語は特殊

高校や大学受験の現代文に限っては、「レトリック」という単語を誤解しやすい意味に使っています。こういった場面に限っては「レトリック」という言葉は、論説文や評論に書かれた著者の意図を正しく読みとる、という意味で使われます。決して、うわべだけの言い回しとか見せかけの文とかいった意味ではありません。むしろ、引用などのテクニックをつかってスジの通った書かれた文章を読みとることを言います。そもそも受験勉強なんて時間のムダ遣いだから、オススメしないけど。

その言葉が成りたった理由と、それを根拠とする論法

語源とは、その言葉が成りたった理由を歴史の流れの中から見つけたものです。そして、自らの考えに理解を示してもらうために、語源を理由とするものを語源論法といいます。しかし語源論法は、2つの問題点があります。1つは、語源はハッキリ分からないが圧倒的に多いこと。2つ目は、「人という字は、人と人とが支え合う」のような明らかな間違いが通用してしまう点です。

古い順に古語→死語→新語→流行語だと考えていいけれど

ここでは次のように分けます。古語は「古い時代にはずっと用いられたが、今は使われない」もので「いみじ」「あさげ」などがあります。死語は「近年爆発的に人気になった、今は使われない」もので例えば「だっちゅーの」。新語は「最近に使われはじめ、定着した」で、広辞苑を改訂するときに追加される単語をイメージすると分かります。最後に流行語は「最近になって流行している」ことば。多くの流行語は「死語」となり寿命を終えますが、「新語」として定着することもあります。

ものごとの程度を実際よりも強めていうもの

「だれが ちっさいって!?このミニマムばば!!」「言ったねちび!!」「豆つぶばば!!」「マイクロちび!!」「ミジンコばば!!」-『鋼の錬金術師』/話を盛る、というのに近いと思います。伝え方を見た目以上にすることです。例に出した表現は、実際より背の高さを小さく言いあっています。このように「小さいことを、それ以上に小さく言うこと」でも誇張法に含まれます。背の高さを大きく盛るのも誇張ですが、低く盛るのも誇張になります。列挙法・列叙法

サ行

現在日本におけるレトリックの創始者

『レトリック認識』『感覚』の著者。亡くなってもなお、いまだにレトリック研究に影響を与え続けるエラい人。「レトリック」という言い回しを定着させた人でもあります。ほかにレトリック関連の著作がある研究者を数名、生年順で書いてみます。中​村明(1935-)、​​野​内​良​三(1944-)、​​尼ヶ崎彬(1947-)、瀬戸賢一(1951-)、香​西​秀​信(1958-2013)。比肩する研究者は大勢いるので、エラいのは佐藤信夫1人だけではありません。

レトリックの具体的な技法の辞典

レトリックに関して日本で一番くわしい辞典は、『レトリック事典』(佐藤信夫)。次いで『日本語の文体・レトリック辞典』(中村明)、『レトリック辞典』(野内良三)です。ほかに『レトリック小辞典』(脇坂豊ほか)は、違った視点をもつことのできる本。個人的には『古典文学レトリック事典』(國文学編集部)が、独特で好印象です。日本に限っていうと、レトリックの辞書は数少ないといえます。なおレトリック技法についての本を初めて読むのなら『日本語のレトリック(岩波ジュニア新書)』(瀬戸賢一)が、辞書の役目を果たしてくれまる。ジュニア新書のわりには難しい本です。

「修辞(学)」は、レトリックとほぼ同じで少し違う用語

「修辞(学)」イコール「レトリック」です。終わりです。だけど厳密には違うので、そこを念のため書きます。「修辞」は漢文をつくる規則のことで、中国や日本で使用したものです(漢文の修辞≒昔から日本にある修辞)。そんな中、開国で輸入された西洋文化にrhetoricがありました。今まであった「修辞」と意味がほぼ同じなので、rhetoricの訳語として「修辞」をあてました(漢文の修辞≒昔から日本にある修辞≒訳語の修辞≒rhetoric)。その後「修辞」は日本で独自に発展したので、漢文の「修辞」や本来のrhetoricと大きく離れていきました(漢文の修辞≒昔から日本にある修辞≒日本で発展した修辞≒訳語の修辞≒rhetoric)。さらに近年「修辞」にかわり「レトリック」というカタカナが定着しました(漢文の修辞≒昔から日本にある修辞≒日本で発展した修辞≒レトリック≒訳語の修辞≒rhetoric)。まあたいていは同じ意味です。

もう秘密はバレているのに「秘密ないよね?」と聞くこと

という書き方はコピペに向かないので、少しマジメな定義を。[64文字]意見に否定的な考えを疑問にして尋ねて、意見に否定的なものは採用できないと考えてもらい、もとの意見に賛成せざるを得なくするもの。[128文字]自分と相手とで考えが違うけれど自分のほうが優位だと思うとき、自分の意見を否定した疑問のかたちで相手に投げかけ、この問いかけに相手方が、本当に否定されるものだと返事ができない状況にして、自分の本心を直接に表現せずに自分の意見を納得させ、さらに断定的にするもの。[結局]うまく説明できません。

レトリック技法の種類や数に、決まりはない

「直喩」「隠喩」「擬人法」…と数えると全部で何種類あるか。正確に答えれば「合計の数は決められない」となります。ですが、これでは説明としては不十分だと思います。なので、レトリックに関する大きめ辞典やサイトを当たりました。そして、説明しているのは何種類の技法なのか調べました。結果、200種類~400種類くらいを解説していました。ですが、これをレトリック技法の数だと考えるのは正しくありません。ここに書いた数がインターネット上で正解のように扱われることがないよう、深く願っています。

結論の理由が結論によって導かれているもの

「結果を目的にすれば それを目的にして 結果を作ろうとするでしょう?」-『氷菓』/たとえば「平成30年は西暦2018年です。西暦2018年が平成30年だからです」というような、煙にまくような表現方法のことです。引用したものに合わせると「(文化祭は)結果を作るのが目的とされます。目的とされたものが結果を作るからです」となります。よく見ると何の意味のない言い回しなのですが、それっぽく見えてしまう。これを悪く使えばダマすことも、たぶらかすこともできる。そんな危険な表現でもあります。

同じ単語の反復で、くり返し法の代表

レトリック学者は分類が大好きなので、くり返し法を細かに分類します。その分類の中で一番スタンダードなのが、単語のくり返しです。『日本語の文体・レトリック辞典』(中村明)では、全部で8章まであるうちの第2章が「反復」というタイトルになっています。それくらいの数があります。音のくり返しについては、[韻を踏む(押韻)]の項目で触れています。2つの単語が一緒になって反復する[倒置反復法]の項目も、くり返し法の一種です。

小説を書くとき、レトリック技術を知っていること

レトリックを知れば小説を書けるわけではありません。レトリック研究者が、小説家として活躍しているとは思えないから。だけれども文には、説得的に伝える方法、美しく鮮やかになる見せ方、興味をもつように話を運ぶテクニック、執筆者の思いに共感できる心配りというものがあります。それをレトリックと呼ぶかはともかく、文を書く人はそれを備えています。それを備えるための方法として、レトリックを知ることは意味があると思います。レポート・論文

省略法は、文を引きしめ簡潔な表現をつくる

「ももはこーみえてもお嬢様なんだぜ」「しらなカタヨー!!」-『がくえんゆーとぴあ まなびストレート!』/ 省略法とは、そこには何か言葉(単語・文・音)があるはずだと思うものを書かないでおくです。その効果はいろいろありますが、先ほどあげた「引きしめ」「簡潔さ」のほかに次のものが考えられます。オモテ向き要点だけ残るのでそこに読み手の意識が集まること、省略された部分が読み手の想像に任されるので余韻や余情のある表現になること、多くを語らなくても通じるという間柄だと感じること、といったところです。省略法は細かく分けるとかなりの数になりますが、ここで触れません。

「序詞」につづく言葉を導きだすもの

せをはやみいわにせかるるたきがわの われてもすゑ…(…上の句の最初の文字だけ聞いて飛び出す準備してたんだ)-『ちはやふる』/ 序詞とは、それを用いてその「序詞」に続く言葉を修飾するものをいいます。「枕詞」との違いは,次のようなものです。(1)長さ:ほとんどの枕詞は5文字ですが、序詞は限定はありません(2)自由度:枕詞はパターンが決まっていますが、序詞はパターンにしばられません(3)内容と意味:枕詞にも解釈の難しいものがありますが、序詞はそれ以上に意味がハッキリとしません。ですが「現代語訳しないしない」「ないものとして扱う」ということにはなりません。

比喩の研究が広がる大きなキッカケになった本

レイコフとジョンソンの共著、1980年。要点は2つあります。【(1)比喩は、文学や哲学の中に限られるものではなく、むしろ日ごろの言葉づかい全てに使われている。】【(2)隠喩として使われる表現は、似ているから使われるのではない。「元々言おうとした」こと「実際にされた表現」とが一体となることで、そこに新しい「類似性」が生み出され発見される。】このような主張は、それ以降のレトリック研究に大きな影響を与えています。

現代のレトリックは、説得を一番の目的としていない

説得をする手立てとして、レトリックはあまり期待できません。たしかに最初レトリックは、説得のために登場しました。古代ギリシアで、裁判官を説得し裁判に勝つ手段でした。しかし中世ヨーロッパは、形式どおりの書類をつくるテキストの役割に変化しました。さらに日本では、開国の後に輸入したレトリックを、美しい表現と文章を書く手段として取り入れました。なお現代日本で、レトリックを使った説得の研究の第一人者として、香​西​秀​信の名をあげておきます。

順を追ってだんだんと調子を強めていくもの

「この中で一番いいのは…」「おお さすがライルくん!! さすが 職人!! さすが こり性!! さすが 神経質!! さすが 苦労人!! さすが 胃炎持ち!!」「だまってろーっ!!!」-『天正やおよろず』/だんだんと表現が盛り上がるレトリックです。小さなものから大きなものに、次第に程度を強めます。順を追って伝えるので、相手の批判や反感を少なくできます。ただそれは結論を最後まで出さないというなので、結論そのもののインパクトが弱くなる危険もあります。

タ行

矛盾することばを強引に結びつけ意味を作る

(薄れてゆく意識の中で 故郷の雪を見た それは 残酷なほどにやさしくて)-『07-GHOST』/かみ合わないはずの2つの言葉をつなぐことで、深みのある別の内容を作りだすものです。並び立たないという常識に反する表現なので、ショッキングで目を引くようなフレーズになります。またそのカタチから、興味を引くようおもしろい言い回しになります。ただ、単にヘンな表現が生まれる危険もあるので、気をつけて使うことも大切です。

組み合わせになっている片方の言葉

「対義語」は「反対語」や「反意語」ではありません。「反意語」は、お互いが反対の意味のものです。けれど「対義語」は、逆の意味でなくてもいいのです。並び立つ対(つい)の関係であればいい。「朝」と「夜」は対義語ですが、決して反対の意味ではない。その証拠に「昼」と「夜」も対義語だといえる。「病人」の対義語は「健常者」であるけど、「病人」の対義語は「医者」だともいえる。「対義語」と「反対語」は意味が違います。

音の数が「5・7・5・7・7」となる詩

次のものが主な特徴です。(1)「5・7・5・7・7」の 31文字からできていること。「俳句」「川柳」は「5・7・5」の17文字です。(2)「季語」を含めること。旧暦を基準にして時季に合ったものごとを歌に組み入れることを言います。ただしエラい歌人が「季語」だといったら「季語」になるというテキトーなものでもあります。(3)旧仮名づかいを使うこと。「俳句」「川柳」は口語です。(4)ふつう区切れがある。言い切りのかたちになっている句を「句切れ」をいって、この区切れの位置によって「初句切れ」「三句切れ」などの区別をします。

文字数や音の数が長いものを短くする

文字や音の数が多いと面倒なので、短くなっていきます。基本としては、先頭の数文字を残します(テレビジョン→テレビ)。 2語をくっつけた単語では、それぞれ先頭の数文字を残します(スマートフォン→スマホ、パーソナルコンピュータ→パソコン)。それほど多くありませんが、特殊な世界だけで使う隠語では、最後の数文字と残すこともあります(けいさつ→サツ)。また非常に少ないですが、最初の単語の先頭と、次の単語の最後とを結びつけるものもあります(ゴリラ+クジラ→ゴジラ)(かばん語)。

[●●のような][まるで●●]と例えだという目印をつける

「それは まるで火星(アクア)が奏でる 星の歌声のようでした」-『ARIA』/すぐ例えだということが分かるので、新しいことを知って理解してもらうのに役立ちます。また遠回しな表現を使うことになるので、ソフトな表現ができます。それと、「バケツをひっくり返したよう」など、お決まりの言い回しに多く使われます。この点は、場面によってはメリットにもデメリットにもなると思います。直喩の最大の特徴は「思いもしない2つを結びつけることができる」ことなのですが、スペースの都合から、残念ながら省略することにします。

「A-A’B-B’」という形を取る

少女に与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ。-『GUNSLINGER GIRL』/ 「大きな-銃 小さな-幸せ」ということで例にしました。「対照法」は、(1)比べられる2つの文の長さが同じ(2)比べられる文が並び立った関係にある、というものです。並んで比べられることで、鮮やかな表現になる点と、リズミカルになることが重要です。この「対照法」は、さらに「対句」と「平行法」に分けられます。並び立った2つの文が、逆の意味を持っている場合が「対句」(反対・はんつい)。逆ではなく対(つい)として置かれているのであれば「平行法」(正対・せいつい)となります。

学者が、それぞれの研究している分野を一言であらわしたもの

「レトリックの定義」というのは、「レトリックの意味」というのとは大きく違います。学者は、自分が研究する分野のことだけ考えています。なので、その研究分野を端的に「レトリックの定義」と呼んでいる。そのため「レトリックの定義」が研究者によって違ってくるので、結局「これがレトリックの定義です」というものを1つに統一できないというわけです。

その上位で下位の一部を示す、または下位の一部で上位を示すこと

何が言いたいのかサッパリだと思うので。[64文字]特徴ある一部で全体を示すこと、または全体をもって特徴ある一部を示すこと。同じ言葉が重なったり、平凡な表現のくり返しを防ぎます。[128文字]食料(パン、ソバ・・・)の中の「ご飯」という単語で食料全体を示すこと(種の提喩)。または、「春に花を見る」という単語で花(梅、バラ・・・)のうち「桜」を指すこと(類の提喩)をいいます。日ごろ使われている表現だけれど、その対比が想像力を生むこともあります。個人的には「提喩」「換喩」という区別は教壇事例でだけ成立する、議論の実益のないものだと考えます。って書いたら怒られるだろうなあ。換喩

文やことばの先頭の音をそろえること

日本語については、上に書いた考えかたで十分です。終わりです。・・・スペースが残っているんで、英語ではどのようなものを「頭韻」というかを説明します。まず先頭にあることばのうち、アクセントのある母音を見つけます。そして、その母音を含んだ音節を特定します。次に、そのアクセントのある音節のうち最初にある子音に注目して、その子音がどのような音かを確認します。その子音が同じ音であれば「頭韻」といえます。わかりづらい説明ですが、いちおうそういうことです。

意味がほとんど同じだといっていいもの

厳密に言うと「同義語」というものは存在しません。全く同じ意味の単語は、そもそも2つあってもムダです。それに、どんなに同じにみえる単語でも、文字と発音が違うのだから、伝わるニュアンスや雰囲気は完全に同じではない。ですので最近は、ほとんど同じ意味の単語どうしでも、「同義語」でなく「類義語」と呼びます。例えば「あす」と「あした」であっても、違いがあります。少し「あす」のほうが堅い言いかたです。また「あす」は、次の日だけでなく「近い将来」の意味もあります。「核無き明日を目指す」の「明日」を「あした」とは読めません。

2つのことばを、順番を入れかえてくり返す

「一は全 全は一」-『鋼の錬金術師』/2つ同じのことばを順序を、逆にして繰り返すものです。つまり、「AB-BA」という順番で、ことばを並べるレトリックです。対称のカタチをとるので、調和やバランスを生み出します。また、その整ったかたちから、書いた人に才能や機知を感じるものになります。何度も使うと、わざとらしさが出てしまうのが難点です。

ふつうとは前後を逆にする

例えば「ABCDE」という順番の文があるとき、「DEABC」と前後を入れかえるものです。ポイントが3つあります。まず、例の「ABC」と「DE」の部分、つまり「後ろに移動した」ものと「前に移動した」のどちらが注目されるかは決まっていません。「ABC」「DE」どちらの場合もあります。周りにある文章の流れ次第です。ポイント2つ目は、ことばの順序というのはそれほど厳密に決まっていないことです。「ふつうの順序」「通常のならび方」を簡単に決めることはできません。最後にポイント3つ目、とくに会話の中では思いついた順番、大事だと思った順番に話してしまうものです。それまで倒置法といえるか、すぐには判断できません。

同じ言葉をくり返しながら違う意味を持たせる

「お姉ちゃんは お姉ちゃんなんだから」-『貧乏姉妹物語』/「やっぱり 唯先輩は唯先輩ですね!」-『けいおん!highschool』/同じことばを同じ意味でくり返しているはずが、じつは別の意味を生み出す表現法です。「AはAである」という見かけなのに「A」がもつ以上の意味を生み出します。気づかない点に、関心を向けさせることができます。また、今まで使っていた言葉の意味を再確認してもらう効果もあります。

ナ行

[レトリック + 日本語]で検索する人のニーズが分からない

googleとかの検索窓に「レトリック」と入力してみる。すると「日本語」というワードが自動的に出てきます。「サジェストワード」というのですが、ようするに「レトリック」と「日本語」って合わせて入力する人が多いっていうことだと思うのです。けれどどんなニーズで[レトリック + 日本語]を検索する人が多いのか、まるで見当がつかない。しかたがないので、「レトリック」と「日本語」とを書名に含む本の紹介をします。『日本語のレトリック-文章表現の技法』(瀬戸賢一)は、レトリックが気になる人にオススメ。『日本語レトリック体系-文体のなかにある表現技法のひろがり』(中村明)は、増補された『日本語の文体・レトリック辞典』(中村明)を読んで下さい。個人的には、『レトリック探究法(シリーズ〈日本語探究法〉7)』(香西秀信ほか[共著])にある香西秀信の論説が、彼の書いたものの中で一番好きなのだけれど、多くの人には関係の無いことでしょう。/レトリックの日本語訳、については修辞・修辞法を。

「入門」としてオススメの本

「入門」向けの本は、「レトリックの本を610冊読んだ人オススメ」という別のサイトに書いてあります。《擬人法》《隠喩》のようなレトリック用語を知るなら、最初に読むオススメの本】【真剣に学ぶなら、最初に読むオススメの本】【近代日本のレトリックの歴史を知るなら、最初に読むオススメの本】【レトリックを学ぶとき辞書になる、最初にオススメの本】【明治以前の日本伝統のことばの知識をレトリックで知るなら、最初に読むオススメの本】 を見ていただければと思います。「よりよい文を書くために、レトリックが知りたい」という場合は「分かりやすい文」の項目を参照して下さい

ハ行

文法に反する文を意識的に作る

(生徒会室だと真栗がうるさいし 仲直りが十夜君 ありがとう!!)-『紳士同盟†(クロス)』/文法から見るとルールから外れていることになる、破格の表現をあえて使うものです。違和感をつくりだし興味を引く効果があります。また、話をしている人が混乱していたり、気持ちが高ぶっていること表現することもあります。単なる誤字脱字だ、と受けとられる危険もあります。

ことばの「見せかけ」だけ引用してくる

もとある表現の外見だけをマネして、使うことをいいます。「パロディ」が著作権の侵害になって「オマージュ」ならよくて「パスティーシュ」はどうこう、という考えは間違っています。気になる人は「明瞭区分性」と「附従性」で検索して下さい。法律はともかくレトリックの世界では、たいてい「パロディ」「オマージュ」「パスティーシュ」は区別せずに使います。厳密にいえば、おもに「パロディ」は文学用語で、「パスティーシュ」は芸術用語といえます。それと、少し「パロディ」は見た様子に注目していて、「パスティーシュ」はその内面や主張をまねることを重視しています。が、ほとんど同じ意味で使われます。

正しいことばと言いまわしをつかう

説得できるか。相手の承諾を得ることができるか。それは大切なことが、それよりも重要なことがあります。間違いのない日本語、礼を失しない心配り。そういったものもレトリックは授けてくれます。さてここからは単なるグチです。某信用金庫の営業に定期預金の更新の手続を依頼したのに、していなかった。そのため7日のあいだ定期預金に入っていない期間が生まれた。そのことを営業は「すいません」「すいません」と言う。客への謝罪に「すいません」を使う日本語の能力には、内心かなり怒っていた。レトリックとプレゼン

美しい言葉と麗しい言い回し

美辞麗句ということばは、外見の美しさをあらわしたモノで内面については、良いとも悪いともいっていない。なのに「見た目だけはよく見えるけど、その実際は目を覆いたくなるようだ」という意味で使われています。レトリックということばも原理は同じです。レトリックを使った文は、外側から見て好ましいことで内側からについては、良いとも悪いともいっていない。なのに「外形は綺麗につくられている、でもそれは内側にある真相をごまかしている」といわれてしまうのです。

非難するためにわざと誉めること

「じゃあね ものすごくつまらない時間をくれて どうも」-『フルーツバスケット』/皮肉は、ざっくりいうと次の4つがポイントです。(1)回りくどさ:ワザと自分が思っていることと正反対のことをいう。(2) 推論:相手が言ったり行ったりしたことをいう。(3)引用性・エコー:聞き手のほうでは、相手の言ったことばが相手の思っているのと反対だとキャッチする。(4)トゲがある:相手を非難したり批判したりする。中でも「(3)引用性・エコー」は、皮肉法の大切な点です。皮肉をされる側が「これ皮肉だな」と分からなければ、皮肉は成立しません。なので(3)は不可欠で、どういったものなら(3)になれるかという研究は近年大きく進んでいます。矛盾

(1)たとえ(2)隠喩と直喩(3)転義(4)隠喩

4つに分けました。(1)たとえ:いまある表現を別の言い回しにしてたとえることを、まとめて「比喩」ということがあります。「比喩」の例に「隠喩」「擬人法」「誇張法」と書いてあれば、こちらに該当します。(2)直喩と隠喩:いまある表現の代わりにそれに似た別の言葉を使うことで、深みのある表現を生むことをいうことがあります。「比喩」のうち[●●のような]という目印があるモノが「直喩」、ないものが「隠喩」と書いてあれば、これに当てはまります。(3)転義:いまある表現に別のことばを加わらせることで、その表現の意味を変えることを「比喩」ということがあります。伝統的なレトリックは、「比喩」は「転義」と理解しています。(4)隠喩:書くスペースがないので「隠喩」の項目を参照下さい。

同じテーマの「隠喩」をカタチを変えくりかえす

「石をひとつひとつ 置いていくんだ 星をひとつひとつ 増やすようにさ どんどん宇宙を 創っていくんだ まるで神様 みたいだろ オレは 神様になるんだよ この碁盤の上で」-『ヒカルの碁』/同じテーマにかんする隠喩を連続させる、ということです。隠喩が大きくなった結果として、諷喩が生まれるともいえます。抽象的になりがちなものごとを、具体的に表現ができるようになります。ただし隠喩そのものが回りくどい表現なので、隠喩が連続する諷喩は、それ以上に回りくどいものになることもあります。

レトリックはプレゼンのための技術ではないけど

現代のレトリックは、会話の中で使うことがメインではありません。なので、手を打つものは期待できないという前提で、いくつか書いておきます。/[引用法]客観的な情報を引いてきて説得力を増す。/[婉曲語法]タブーとされているモノにはできるだけ触れない。/[誇張法]数値を誇張してはいけないけれどジェスチャーは誇張できる。/[換語]できるだけ分かりやすい表現に変える。/[奇先法]冒頭に意外なモノを用意する。/[決まり文句]使い古したモノでなければ有効。/[修辞的疑問]問いかけをする効果があるけれどプレゼンに向いているかは疑問。/[照応法]最初と最後を同じフレーズにすることでまとまりを出す。/[懸延法]知りたいと思うことはあえて焦らせる。/[省略法]分かりきったことは省く。/[列挙法]とりあえず色々並べる。/[類義区別]2つのものの違いをきわだたせる。/[類義累積]似た意味のことばを重ねて重要部分にせまる。/レトリックなんてエラそうに言うことのない、たんなる基本マナーです。ビジネスでのレトリック

レトリックは考えたことを文章にする

すべて個人的な意見ですが。書き手側からは、アタマで考えたことを文章にまとめ、それを伝える。受け手側からすると、まとまった考えが文章として伝わってきたので、アタマの中に考えとして受けつける。このときの「文章としてまとめ伝える」「まとめ伝わった文章を読む」という流れが、レトリックです。いいかえればレトリックは考えを「仲立ちをする」のだ、ととらえています。その「仲立ち」を能動的にだけ考えれば、レトリックは「道具」「技術」といえます。また「仲立ち」がもつ意識的なところを除いて考えていけば、「認知言語学」に帰着します。これを書いている人は察しの通り、レトリックを「技術」という一種の「道具」と考えています。

マ行

5音のことばを決まった語の手前におく和歌の技法

「やっぱり「ちはやふる」かなあ 綿谷くんがあたしの名前の札だって」-『ちはやふる』/枕詞の特徴は原則としては次のとおりです。(1)5音(2)決まったことばの手前に置く(3)後のことばを修飾する(4)和歌の技法。ということなのですが、枕詞には例外が多くあります。(1’)4音のもの、まれに3音・6音もある(2’)古い時代のものは、それほど決まったことばに限らない(3’)確実な意味のよく分からないも多い(4’)「5・7・5・7・7」の短歌型の和歌だけでなく長歌「5・7…5・7・7」などにも使う。じつはもっと複雑です。和歌

矛盾に関係するレトリックを書いてみる

一見すると常識と「矛盾」しているけれど、じつは的確な考えかた 逆説/「善は急げ」←→「急いてはコトをし損じる」のように「矛盾」した正反対のものが多い ことわざ/お互い意味の「矛盾」する2つの語をむすびつける 対義結合/あえて実際とは「矛盾」することを相手に言い、それが「矛盾」していると分からせること 皮肉/「おととい来い」のような「矛盾」した言い回しを、それが目的ですること そらごと・矛盾文/レトリックの技法は、広い意味で「矛盾」を狙ったものが多いといえます。

世の中の一面を鋭く切り取ったことば

(※注:おばけが目の前にいるのに) 「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』って言ってねどんな不思議なものでも」-『ながされて藍蘭島』/「名言」と「ことわざ」は両方とも、ふだん気がつかない考えかたに一石を投じるものです。そして「名言」と「ことわざ」とは、完全に区別はできません。ですがイメージとしては(1)「名言」のほうが形式ばっていて、「ことわざ」のほうが会話に加えやすい。また(2)多くの場合「名言」は実際に言った人が分かるけれど、「ことわざ」は分からないほうが通常。さらに(3)「名言」は感心できる考えを正面から主張しているのに対して、「ことわざ」は皮肉まじりの遠回しなものが多い。といった違いがありますが厳密なものではありません。

文末を動詞や助動詞などでなく名詞にすること

「春はあけぼの」が、典型的なもの。ここでは、現代文の文末で使われるものを「名詞止め」、和歌など文語の場合を「体言止め」という名前で説明をします。日本語では用言(動詞・助動詞など)がふつう、終わりにきます。なので体言(名詞・代名詞など)が最後にきた場合、例外的な文なのでそれを「名詞止め」「体言止め」と呼んでいます。現代文の「名詞止め」は、文末が名詞などで終わることをいいます。動詞などを省いた、テンポの良い言い回しになります。ただ文法どおりの表現方法ではないので、正式なレポートや論文には向いていません。和歌などの「体言止め」は和歌の最後を体言で終わらせるものです。古い「万葉集」などより、時代の下った「新古今」に多く使われています。その末尾のカタチから余韻や余情を大きい反面、技巧的すぎる印象も否定できません。

「その方面で影響力がある有名な本」くらいの意味

まず別の項目がある、『レトリックと人生』『レトリック感覚』『レトリック認識』有名な辞書「入門」の本は、そちらのリンクをご利用下さい。/明治期の日本のものでは、『新文章講話』(五十嵐力)が間違いない名著です。/現代で出版されたレトリック関係のものでは、『旧修辞学』(1970,邦訳1979,ロラン・バルト)、『一般修辞学』(1970,邦訳1981,グループμ)、『生きた隠喩』(1975,邦訳1984,ポール・リクール)と最初に書いた『レトリックと人生』(1980,邦訳1986,レイコフとジョンソン)が名著らしいです。正直、浅学のため邦訳を読んでもサッパリ理解できなかった。理解できないものを「名著」と断言はできない。なので「名著らしい」と書いておきます。レトリックの起源と歴史

「比喩」の英訳だけれども

英語のmetaphor(メタファー)の訳語が「比喩」です。なので基本的には、「メタファー」というのは「比喩」とイコールといえます。ですが問題点が2つあります。1つは、その「比喩」という用語の意味のとらえかたバラバラだという点。これについては比喩という別の項目で扱っています。そしてさらには、その中にあるうち「(4)隠喩」という意味で使われことが多いという点。こちらは隠喩の項目をごらんください。なかには大げさに「メタファー」と言いながら、そのことばを使う必要性を感じないものもあるので注意して下さい。

文字を使ったレトリックもある

「昨日のこと バラシタラユルサナイワヨ」-『冴えない彼女の育てかた』/例にあげたのは「字装法」。さまざまな効果の期待できる言い回しですが、ここでは強制というか脅迫に近いものを表現しています。ほかに「外国語混用」もあります。とつぜん、流れるようなスペルが現れるようなものです。「ルー大柴」が使う「ルー語」も、「外国語混用」と見ることもできます。また、フリガナにあて字のような別の意味を持たせる「添義法」というものもあります。文字あそびについてはアクロスティックアナグラムをご覧ください。

ヤ・ラ行

小さなこともが話している感じを出す

「おいたーん あいすたべう あいすぅーっ!!」-『パパの言うことを聞きなさい!』/ 小さな子がしゃべっている雰囲気を出すには、いくつか方法があります。まず、くり返しの言葉を使う。とくに「ワンワン」のような擬音語を口にすると、効果が出ます。また、言葉を話す器官が十分に発達いないので、つたない話し方をするのもポイントです。例をあげると「あれ」が「あえ」になり[r]が無くなってしまう「音字消失」、「らいおん」が「だいおん」になり[r→d]となる「音字換入」、「しおひがり」が「ひおしがり」となり[shiohi→hioshi]となる「音位転換」。用語はともかく、幼児語にはいろいろな特徴があります。音位転換には項目がりあります。

新しいモノゴトを示す言い回しを、ほかから借りてくる

あたらしいことばを作るという「新造語法」の代表的なものです。 例えば、机の「脚」を表すための固有の言葉がなかったとする。そこで、ほんとうは人間や動物のものに使われる「脚」という言葉を「やむをえず」借りてきて、家具である机の「脚」に用いる。すると次第に、もともとは誤用であった言葉の借用が、ふつうのことばとして通用するようになる。これが「濫喩」というレトリックです。

文学作品や詩にだけ使われているのではない

レトリックと聞くと有名な文学作品や、和歌や俳句といった詩歌にだけ使われていると思いがちです。ですがじつは、日ごろ普通に使われています。ただ、その言い回しがレトリックだと気づかないだけです。個人的には「
ふき出しのレトリック
」というサイトを2007年から運営しています。このサイトでは、例文をマンガからの引用に限定しています。マンガからでも、問題なくレトリックが見つかります。/以下おまけ。「
ふき出しのレトリック
」というサイト。じつはもともと「マンガにはレトリックがない」と確認した上で「なぜマンガにレトリックが見あたらないのか」ということを考えるつもりだった。でも実際には、レトリックだらけだった。そこから出発しています。

大学に合格した後入学式までに読む本

「レポート・論文」入門書としてオススメなのは、向けの本は、「レトリックの本を610冊読んだ人オススメ」という別のサイトにあるレトリックを使ってレポートや論文を書くとき最初に読むオススメの本】をご覧ください。ただしこの本は、論文やレポートの基本的なフォーマットを知っておくためのものです。なにか新しいアイディアにつながったりするものではありません。小説を書く

同じ言葉をくり返しながら違う意味を持たせる

「なんでもいいよ 遠い親戚でも 生き別れた兄妹でも 時空を越えてきた恋人でも 幽霊でも 魔法使いでも 宇宙人でも 星の使いでも」-『星は歌う』/同じことに何度も別々の説明を加え、並べていくことをいいます。畳みかけることばが、リズミカルにテンポ良く連続していることが大切です。わりとアクの強い技法なので、見た目は簡単に使えそうでも実際には難しい表現です。

レトリックは「論理的」ではない、という誤解

「論理的ではない」ということばには2つの意味があります。(1)人をものごとを伝え説得するときに、決まりからハズれた技術を使っている(=行為の無価値)。(2)出る結論が、理屈に合わないものになる技術だ(=結果の無価値)。(1)については「使う人と場所による」と考えます。レトリックというのは、「ふつう」という基準から距離がある表現を使う、という技術です。それ自体は問題ではなく、それを悪用することが非難されるにすぎない思います。(2)については「負け惜しみ」とさえいえます。自分の期待と違う結論が出た→その結論は理屈に合わないものだ→レトリックが理屈に合わない結論を生んだ。レトリックへの「八つ当たり」です。

ワ行

広くは古い詩歌、狭くはそのうち31文字のもの

和歌で使われるそれぞれの技法については、体言止め枕詞序詞掛詞・懸詞をご覧ください。また和歌と短歌との違いなどについては、短歌を合わせて目を通して下さい。「区切れ」についても、そちらで合わせて書いてあります。このサイトではスペースの関係で、本歌取りは扱っていません。レトリックの視点からは、引喩のようなものともいえます。

レトリックを使って分かりやすい文を書く

もっと分かりやすい文を書くとか、マジメな文章なのでルールにのっとった文章をつくる。そのときに、レトリックに関連する本でオススメのものについては、、「レトリックの本を610冊読んだ人オススメ」という別のサイトに書いてあります。細かくいうと、 【順序立てた説得力ある伝え方をレトリックで習得する本】【レポート・論文の書きかたをレトリックで身につける本】【分かりやすい文章を書くためにレトリックを使うための本】【美しい芸術的な文章をレトリックを踏まえて書くための本】【あいまいな文になるのをレトリックで避ける本】 があります。そちらを見ていただければと思います。

「気のきいた言い回し」という「話法」は期待薄

「この中に 宇宙人・未来人・異世界人・超能力者がいたら あたしのことろへ来なさい 以上!」-『涼宮ハルヒの憂鬱』/例にあげたのは、たぶん[apodioxis 論議拒絶]といっていいと思います。ですが、[apodioxis 論議拒絶]をググっても、日本語では私の運営している「ふき出しのレトリック」くらいしか出てこない。それくらい現代のレトリックは、話の進めかたや言い回しへの関心が薄いのが実態です。たぶん心理学とかのほうが、くわしい解説が期待できます。レトリックを学ぶ人の中に、こういった側面を追究してくれる人が増えるのを願っています(私自身は、これ以上は手が回らないので)。

googleやYahoo!のサジェストキーワード、Search Consoleの検索アナリティクス、作っている「ふき出しのレトリック」の訪問者数などから、レトリックの最重要キーワード100個を選びました。作った時点では85個だけど。