島村抱月,島村瀧太郎,『新美辭學』,新美辭學,明治,明治時代,レトリック,修辞,修辞学,比喩,縦書き,タテ書き,たて書き,たてがき,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述

  第二章 詞藻論

第十節 表出法

第二項 問答法

   二人以上の人物を假りて互に問答應對せしむるの辭法を問答法と名づく。「いかに申し候ふ、何とやらん似合はぬ所望にて候へども、いにしへ此の所は源平の合戰のちまたと承りて候ふ、よもすがら語つて御聞かせ候へ。やすき間の事、かたつて聞かせ申し候ふべし、いで其の頃は元暦元年三月十八日の事なりしに、平家は海のおもて一町ばかりに舟を浮べ、源氏は此の汀にうち出で給ふ」の如き是れり。問答法は種々に分類するを得べし先づ之れを大別するときは言者自身と聽者との間に於ける問答及び言者以外の人々相互の間に於ける問答の二となる。例へば蘇東坡が『後赤壁賦』に「已而歎曰有客無酒有酒無肴、月白風清如此良夜何。客曰、今者薄暮、擧網得魚、巨口細鱗、狀似松江之鱸、顧安所酒乎。歸而謂諸婦。婦曰、我有斗酒、藏之久矣、以待子不時之需。於是携酒與一レ魚復遊於赤壁之下云々」 といへるが如きは説者すなはち蘇東坡自らと客もしくは婦との間に於ける問答體なり。「ナント北八、〓あいつらにからかふが面倒だからいつそのこと問屋へかゝつて越さう、手めへの脇指を貸しや。なぜどうする。侍になるは。と北八が脇指を取つてさし、己れが脇指のひきはだを後の方へのばし長くして大小差したやうに見せかけて。ナント出來合の御侍よく似合たらう此の風呂敷包を手前一所に持て供になつて來や。こいつは大笑ひだハヽヽヽ」などの類は説者以外の人物を舞臺に登して之れをして對語問答せしむるものなり。以上は問答の人物の種類につきて分かちたるものなれど更に問答の文體によりては物語體に説者が各人物に代りて且つ叙し且つ問答するもの、客観的に各人物をして相互に對話せしめ説者の口氣を其の間に挾まざるもの等あり。問答中の人物の性質にしたがひては或は無生物を活かして問答に參せしむるもの、或は空想上の人物を實らしく裝ひて問答せしむること小説などの場合に於けるが如きもの、或は空想上の人物を單に烏有先生、空々道人等の記號により點出して封問せしむるもの、或は歷史上の人物を假りて對問せしむるもの、或は現代の人物を假りて問答せしむるもの等あり。
 問答法の文例は極めて多し蓋し小説、物語、戯曲、謡曲等すべて問答饅の長篇と見るを得べければなり。