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  第二章 詞藻論

第九節 布置法

第四項 倒裝法

 此は前に修辭上の消極條件として數へたる想念の論理的順序を修辭上の必要によりて轉倒するの辭法なり。例へば「乾元大いなる哉」といふべきを「大いななかな乾元」といふが如し。此は修辭上頗る廣く用ひられ且つ極めて必要のものたり、其の理は諸論に述べし所に明かなれど、なほ其の順序の倒にして護者の注意を惹き易きことなど、形式美の原理とつらなりてます〳〵詞の情味を助く。
武家繁昌の御威勢は我等か口にかけまくも、勿體波風治まりし、お江戸は貴賤群衆の中、御同朋をつれらるゝは、外に數なき類ひなきお家の是れがしるしなり。(近松作『薩摩歌』)
聞くやいかに上の空なる風だにもまつに音する習ひありとは(宮内卿)
拂ひかねさこそは露のしげからめ宿るか月の袖のせばきに(雅經)
さらでもさがしき岨づたひを道しるべする山人の、笠は重し呉山の雪、靴は香し楚地の花、房上の笠には無影の月をかたぶけ擔頭の柴には不香の花を手折りつゝ歸る姿や山人の笠も薪もうつもれて、雪こそくだれ谷の道をたどり〳〵歸り來て柴の庵に著きにけり(遙曲『葛城』)
 其の他調子高き文章若しくは一般の詩歌などに此の例多し、幾多の章の相寄りて成れる長文章にても、論理思想の普通の順序を逆にして、結論を冒頭に掲ぐるが如きは、倒裝法の理に依れるなり。また日本の文は常に一章の結尾に動詞を要する習ひなれど、倒装法の結果としては、所謂名詞止、接綾詞止、テニハ止等の變態を生ず。上に引ける和歌の場合の如きを始めとし「美なるかな山河」「行かん心もとなければ」など其の例なり。
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