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  第二章 詞藻論

第九節 布置法

第三項 反覆法

 反覆法とは文意を強め讀者をして一處に滯りて深く之れに注意せしめんため同義の語を繰り返すの法なり。たとへは「觚不觚觚哉觚哉」「松島やあゝ松島や〳〵」などの如し。
 反覆法には、異語によりて同一義を繰りかへすものと、同一語によりて同一義を繰りかへすものとあり。「うれしや喜ばしや」といふは、異語にて同義を反覆するなり。「恐るべし〳〵」といふは、同語によりて同義を反覆するなり。
 反覆法の文例
棟木おほふの柱をしてたんぼの農夫より多く、梁にかすかの椽は起證のこうしやうよりも多く、釘頭の磷々たるは湯の垢の泡よりも多く、田甫の説法讀論の聲は布塵の言よりも多からしむ。佛法繁昌四海鎭護の大伽藍、如意満足の柱立て、めでたし〳〵おゝめでたしと、手斧押つとりちやう〳〵〳〵、槌おつ取つてはしつていてい、鉋取りのべさら〳〵えいさら〳〵〳〵〳〵ちやう〳〵と、打ち始め取り始め、三々九度の御酒を捧け、千度百度祈念して、重忠に式臺し棟梁座をぞ下りける(近松作『出世景清』)
弟のいや若は、ほだしの足に抱きつき、痛いかや父上樣なう痛むかやと撫で上け撫で下げさすりあげ兄弟わつと叫ひければ思ひ切つたる景清も不覧の涙はせきあへす云々(同上)
行けど〳〵限なきまでおもしろし小松が原の朧月夜は(香川景樹)
てふよ〳〵花といふ花のさくかぎり汝が到らざる所なきかな(同上)
こせ山のつら〳〵椿つら〳〵に見つゝ思ふなこせの春野を(『萬葉集』)
凡人之欲善者爲性惡、夫薄願厚、惡願美、狹願廣、貧願富、賤願貴、荷無之中者必求於外、故富而不財、貴而不勢、笱有之中者必不於外、用此観之、人之欲善者爲哲惡也(『荀子』)
 反覆は詠嘆の意をあらはすに適當なる語法にして、東西洋ともに情を抒ぶるを主とする詩歌には之れを用ふること多し、和歌にては『古今』以下よりも上代の長短歌に其の例あまた見えたり。「八雲たつ出雲八重垣妻ごめに八重垣つくるその八重垣を」のたぐひを始とし
 『出雲風士紀』に
國の餘りありとのり給ひて、おめとの胸すき取らして、大魚(おふを)のきだつけ別けて旗すすきほふり分けて、三つよりの繩うちかけて、霜つゞらくるや〳〵に河船のもそろもそろに、くに來〳〵引き來ぬへる國は、こづちの打ちたえよりして、やほに杵築の岬なり
といへるが如き又は
我かかどに〳〵上裳のすそぬれ下裳のすそぬれ朝なつみ夕なつみ、我が名を知たまほしかば御園生の〳〵〳〵あやめの郡の大領のまな女といへむすぬとこそ謂はめ
などの催馬樂歌の如き是れなり。近世の俗歌には
山がらす誰れを怨みて墨染に、淺き契りにあひ馴れ染めてなか〳〵今はなか〳〵に馴れ〳〵なすび背戸やのなすびならねば娯のこれの嫁の名の上にたつこれの
わが戀は葛のうら葉のきり〴〵す、うらみては泣きうらみては泣く
向ふ通るは清十郎じやないか、笠がよう似た菅かさが
等あり。漢詩にては三百篇中の
山有樞、隰有楡、子有衣裳、弗曳弗婁、子有車馬、弗馳弗驅、宛其死矣、他人是愉の如き其の一なり。
反覆法と疊音法とは密に相似たり。
めんない千鳥百千鳥、泣くは梅川川千鳥、水の流れと身の行くへ戀に沈みし浮名のみ浪花に殘し留まりし(近松作『冥途の飛脚』)
の如きは強ち同一義を異語によりて反覆せるものにあらねば、全く同一語句を繰りかへせるものにもあらず、一語中の幾分を變じて句の調子のみを存し、之れを重ねたるもの、則ち句拍子などいふものなり。さらに
槍の權三は伊達者でござる、油壺から出すよな男しんとろとろりと見とれる男、どうでも權三はよい男、花の枝からこぼれる男、しんとろとろりと見とれる男、いとしい男(近松作『槍の模三重帷子』)
 の如きにいたりては、語こそさま〴〵なれど、意は一に歸して、反覆たるの條件を具へたり。其の他「大抵大概なみや通例の氣くばり氣兼あつかひであらうか」「ほんに〳〵凡夫凡人文珠でも叶はぬこと」などいへるは純然たる反覆なれど「子は子なりけりうつばりの契をかへすつばくらめ、歸るや嵐戻るや時雨亂れ〳〵て行く空の云々」「さはらで通る弓矢の情、助くるも道、殺すも道、さもあらばあれ還れ有王、お暇申すと禮義は身の上、殘る恨は主君の上、拳を握の牙を嚙み、しどろ足にてかへる波、内には義理を立波の、音に聞こえし能登殿の弓ぜい磨力、學ばずして學問力も有王丸、ひかれて名をこそ傳へけれ」の如きは皆句拍子なり。総じて聲音法は口調の上の反覆ともいふべし。
 又我が國には盤字とも名つくべき漢語傳來の一種の熟語法あり「堂々」「冥々」「赫々」等の如き是れなり。和語にては「あら〳〵しく」「なが〳〵」「おひ〳〵」など皆同句活たり、短き反覆ともいふべし。
(參照) 反覆法は英の修字書にリペチシヨン(Repetition)といふものなり。
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