島村抱月,島村瀧太郎,『新美辭學』,新美辭學,明治,明治時代,レトリック,修辞,修辞学,比喩,縦書き,タテ書き,たて書き,たてがき,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述

  第二章 詞藻論

第八節 化成法

第四項 誇張法

  誇張法とは總じて事物を其の實際よりも誇張して言表するの謂ひなり。數千人といふべきを數萬人といひ、極めて小なるものを芥予微といふが如きは、量を誇張せるものと見るべし。疾く走るものを章駄天の如しといひ、善く晴れたる空を日本晴といふたぐひは性を誇張せるものと見るべし。おもふに人は事物に對して深く感動するとき、其の激甚なる情を將りて直に事物の上に被らしめ、心百に動けば五十のものをも百と思ひ做すを常とす、張喩の基く所此處にあり。要するに我が感情の量の大となるにつれ想念の形また變化を呈するの謂ひなり。而して古來誇張法の最も多く用ひらるゝは詩歌、演論等にして語々理に近づき、謹嚴精密を要する文辭には用ひらるゝこと稀なりとす。往々心あるものゝ誇張法を惡み之れを排することあるは、蓋し情内に發せずして、漫に語句の末を誇大にし、爲に眞意義を害するの弊あるに由るか。
  誇張法は其の用極めて廣く、日常談話の際にも用ひらるゝことしば〳〵なり。水の極めて冷なるを形容して「切るやうな」といひ、驚きたる揚合に「膽を潰す」といひ、よく虛言を吐くものを稱して「本當の事を言つたゝめしがない」といふ類は、皆誇張法に外ならす。誇張法はま江支那の文學たとへば詩などに見ること最も頻繁なり。「白髪三千丈、緣愁個長個長」「撫頂弄磐石、推軍轉天輪」「一風三日吹、白浪高於瓦官閣」「盪胸生層雲、決眥入歸鳥」「聲吹鬼神下、勢閲人代速」「徑摩蒼穹宵蟠、石與厚地裂」「呉楚東南折、乾坤日夜浮」「錦江春色來大地、玉疊浮雲變古今」等みな前人の推して古今みな前人の推して古今を曠うするの句とせるもの、何れか誇張法の理に基づけるものざらん
 さて文例下の如し 誇張法はまた滑稽の意味にて用ひらるゝことあり。例へば 等の如き是れなり。