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  第二章 詞藻論

第八節 化成法

第二項 頓呼法

 頓呼法とは、平叙の文勢頓に變じて、現にあらざるものを在るが如く、生なきものを生あるが如く見立てゝ之れに呼びかけ、又は今まで話しかけたりし外のものに話頭を向けかふるの謂なり。「ながむれば濡るゝ袂に宿りけり月よ雲井の物語せよ」といふときは、上半句平叙の文體が「月よ」といふに至り、突然變じて對話の形となり、現に前に在るにあらざる月、しかも無生物なる月を呼び出だすものにて、頓呼法の條件に合へり。
 頓呼法は擬人法と同じく我れの心象極めて強くなり行き、ほと〳〵現實と想像との境を見極め得ざる場合に出で來る句法なり。換言すれば現にあらざるもの、生なきものを、我れの心にて現に在り、生ありと思ひ做し、而して此の思ひ做しを其のまゝ事物の上に被らしむるにあり。
 頓呼法はまた後に論する現在法と密に連接す。頓呼法の最要條件は、目のあたりに在らざるものを在るが如く、呼び出す點にあるが故に、現在法すなはち現になき事物をも現に在るが如く寫すの詞法と同一系に屬す。されば修辭家によりては、之れを現在法の濃くなれるものと見なすものあり。
 頓呼法の文例  又擬人法等の詞藻の片々たる作例は、わが國の文學、ことに抒情を旨とせる和歌に多し。これ當然の事ならん。然るにひとり頓呼法のみは擬人法などゝ同じ系脈に屬しながら、和歌中に其の文例いと尠し。蓋し頓呼法は初まづ尋常の句法にて述べ來たり、層々情激して頂點に達するとき、突然轉じて當の事物に呼びかくるを本來とするが故に、僅々二三十字の短歌には、此の句法を充分に用ふるの餘地なかりしにも由るか。されば一首の和歌中やゝ頓呼法に近き句法あるものといへども、多くは初より擬人法もしくば現在法の意にて立言せるものを、單に語句を転倒せしめたるに過ぎざるが如き觀あり。 此れらは猶幾分か頓呼法の性質を帯びたれど といふに至りては既に單に擬人法の語句を倒裝せるまでにて、頓呼法といふべき牲質なし。何とならば頓に話頭を轉する所なければなり。さらに などいへるは純然たる擬人法に外ならずとす。