島村抱月,島村瀧太郎,『新美辭學』,新美辭學,明治,明治時代,レトリック,修辞,修辞学,比喩,縦書き,タテ書き,たて書き,たてがき,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述

  第二章 詞藻論

第七節 譬喩法

第十項 類喩法

 類喩法とは、一事物と類を同じうする事柄のみを選出して、一段の文を成すの謂ひなり。全文の裏面に同類の事物といふ影を添ふるの修飾法なり、復言すれば月に緣ある事を叙するにあたりては月に關係せる名詞動詞等を撰り用ひて文を成し橋に緣ある事には橋と關係せる語句のみを用ひて文を成すたぐひなり。近松等の好み用ひたる貝づくし、橋づくし、碁づくし、鎧づくし、花づくしなどの文はすべて此の種の詞藻に屬す。左に其の文例を示すべし。  此は類喩の下層にあるものにて、一題目を捉らへ來たり、其の道の諸事諸譯を一々列擧し講繹するに止まるの法なり。この文例につきて言はゞ、圍碁道の講繹必ずしも『國性爺』の本文と至要の關係あるにあらざれど、其の場面を飾り賑はさんために圍碁といへる一題目に因みて、種々の類語を駢列するものといふべし。次に物の名づくしにて一文を成すことあり、類喩法のやゝ進めるものなり。例へば の如し。此等は花づくし燈籠づくし團扇づくしともいふべきものなり。次に  此はたゞ〳〵呉服に緣ある語を驢列するのみの呉服づくしにあらずして、本文に必要なる事柄を陳ぶる傍類喩法によりたるもの、隨うて類喩として一層妙なるものなり。されど其の類語は多くみな本文の句尾を強いて呉服に緣ある語にいひかけたるものにして、地口の境を去ること遠からず、未だ以て類喩法の上乘なるものといふべからず。例へば「見世の帳面皆ぬめりんす」「おなじ枕にふしつむぎ」等の如き「見世の帳面皆ぬめり」又は「同じ枕に臥し」といはゞ足るべきを類語を用ひんためのみにわざ〳〵「ぬめりんず」「ふしつむぎ」などと言ひ長めたるものにて「ぬめりんず」「ふしつむぎ」はたゝ綸子の名紬の名たる外には何の意味なし。更に同じ『心中刄は氷の朔日』の發端 の如きは復雜なる隱喩とも見らるべきものにして類喩法の上乘なるものなり。「地金をへらす」といひ「たゝき直す」といひ「煮ても燒いても」といふ。此等すべて一面には本文なる主人公の來歴を叙するの文句たると共に他面には一々鍛冶道の術語即ち類喩法たり。
 類喩法と掛詞及び隱喩法換喩法等とは密接せり。類喩法とは全段の文につきていふものなれば其が一語〳〵の上には掛詞もあるべく、隱喩法換喩法もあるべく、彼れ此れ目的を異にして同在するを得べし。「先づ鉢植の作り松ずんど流しの一枝は太夫の威勢備はりて、悋氣の嵐手くだの雨、無理な口説の霜雪も騒がず痛まず彌增しに情の緣はびこりて、松の位と譬へられしも憎からす」といふときに全文松に緣ある語を用ひたる點にて類喩法といふべく「恪氣の嵐」「手管の雨」等句々比喩の語を以て遊女の事を叙せゐ點にて隱喩法といふべきたぐひなり。