島村抱月,島村瀧太郎,『新美辭學』,新美辭學,明治,明治時代,レトリック,修辞,修辞学,比喩,縦書き,タテ書き,たて書き,たてがき,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述,文学,文芸,小説,読み物,和歌,学芸,文芸作品,著作,著述

  第二章 詞藻論

第七節 譬喩法

第九項 詞喩法

 こゝに詞喩法といへるは、極めて廣き意にして、聲喩法の聲に基づきて喩を立て、字喩法の字に基づきて喩を立つると同じく、詞に基づきて喩を立つるをいふなり。「いらへもなくばかり」などいふときは、「無く」と「泣く」と單に詞の相似たるがために合して一となり「いらへも無く」かと見れば其の傍らに「泣く」といふ想念を附加し來たり「泣くばかり」かと見れば其の傍らに「無く」といふ想念を附加し來たるの類、すなはち是れ。されば詞喩法といふ中には、在來の掛詞、枕詞、地口、語路のすべてを包括す。掛詞とは同音異義の語を用ひて暗に或は明に一語に二義の通はしむる謂なり例へば
 此の文中「はつかし」の語は一面上の句なる「山も」に績きて「山も趾かし」といふ義を含み他面「はつかしの森」といふ名詞となれるものにて一語に兩義を兼ねたり。又「てんじゆ」の語は「三味線の天柱」と「天守に通ふ」との二義を併せ示せり。是等は掛詞の本領なり。「しやくは持病にあり」の「しやく」は癩と笏とを通はせたるものにて、地口語路などいふに近く「其のつらで髪すきどころか嚙みつきそうだ馬士唄のうしろで漉きかへしの紙すきがいゝ」などは純然たる地口なり。
 地口は語の上の戯れにして只其の場にて一見人の頥を解かしむれば足る。他の掛詞に比して償値輕少なり。 地口は啻に俗談軍話に用ひらるゝのみならす、誹諧にも是れあり、殊に夫のをかしみを主とせる檀林には最も多し。
 其の他俚諺童謠などにも地口を用ひたるもの多し。「追腹を切らう〳〵とまつだひら美濃いたむををばよくも知りてき」「世の中にかほどうるさきものはなしぶんぶというて夜も寐られす」「三度炊く飯さへ剛し柔し思ふまゝにはならぬ世の中」等は狂歌の類なり。
 地口は他人もならひ易き語法なれど其の償値少きため西洋にても之れをパンス(Puns)又はパロノマシア(Paronomsia)と稱して賤めり。
 地口の造句法は大抵上句と下句との間を同音異義の語を以てつなぐことゝ同音又は同口調の語を以て異義を言ひあらはすことゝにあれど時としては二者の間に更に他物を介し之れによりて同音調を保つものあり。例へば俗言の「七月の槍でぼんやり」といふが如きまたは北村季吟の「女郎花喩はゞあはの内侍かな」の如き之れなり。「七月」といふことゝ「ぼん」といふことゝ直接には類似せる所なきも「七月」といふより盆といふに連想し之れによりて「ぼんやり」の「ぼん」しと接績せしむ。「女郎花」といふと「阿波の内侍」と(詩歌的形容は別とし)いふとは言語上何の似たるふしもなけれど女郎花の形の粟粒に似たるより粟に連想し之れと阿波とを通はしめたり。地口の最も普通なる效果は可笑輕快の情を刺戟するにあれど、時としては他を嘲弄する意にて用ふることあり。是れはた語にをかしみを含むより來たるものには相違なけれぢ(かすか)に反語の氣味ある點にて別あり。他人に對して「恐れ入りたり」といふべきを「恐れ入り谷の鬼子母神」などいふは即ち是れにて、俗にいはゆる人を茶かすの語法なり。是等は要するに極めて眞面目に鄭重なるべき言葉の句尾を正反對なる無意味浮淺の句にて受くるを法とす。また強ち嘲弄の意にもあらねば滑稽の意にもあらす、只語呂を滑にせんため又は語を簡にせんために地口を用ふるものあり。此は既に純粹なる掛詞の部に入れるものにして、上に擧げたる「世の中や蝶々とまれかくもあれ」の句の如きは「蝶々宿()まれ」といふと「()まれ(かく)もあれ」といふことにかゝりたる掛詞、其の内に可笑味あるにも拘らず殆ど既に地口の範域を脱したるを見る。「世の中は兎まれ角もあれ」といふ超世的の觀念に「蝶々」の句を加えて「とまれ」の語を活し莊周の夢以來斯かる観念に緣深き一種の多幻めきたる感情を言ひ盡くしたるかたはら語呂を流麗ならしめたる妙句なり。
 純粹なる掛詞の文例  これらは多く物の名に言ひかけたる掛詞にして、道行の文句などにしば〴〵見る例なり。掛詞を最も巧に用ひしは近松門左衞門なるべく、彼れの淨瑠璃中には其の例極めて多し。
其の他「若紫の色も香も無常の風に縮緬の此の世あの世の二重まはり」。「心もせきに關の孫六」「何のいらへも涙ほろりの顔ふりあげ」等枚畢に遑あらず。また謠曲にも掛詞を用ひたるもの頗る多く往々五月縄きほどなることあり。
 これたゞ一例にすぎす。和歌にては『新古今』時代のひたすら言葉を弄べる歌風以下に此の例多し『新古今』の歌の如きは殆ど總べて掛詞に成れりといふも不可旗なかるべし例へば 等一々數ふべくもあらず。
 語路は地口と似たるものにて、專ら他句の語路のみを摸し全く別なる句を造るをいふ。「溫泉の保養」といひて、其の裏に「門前の小僧」といふ語路を髣髴せしむるの類是れなり。價値少なき修辭法たるを免れず。
 枕詞は一種特別の詞藻にして、意味上、本文とはさまで重要の關係を有せざる語を單に修飾のために句頭に冠せしむるものなり。例へば「呉竹の代々(よゝ)」「言さへぐ百濟の原」等の如し。されば枕詞に依りて一句を飾れるさまは、官人の冠を着けて容を端せるに似たりともいふべきか。加茂眞淵の『冠辭考』に「又この姿の事、歌はむにも言の足らぬ時は上にうるはしき言を冠らしめて調を成せりける、譬へばよそほしき冠を設けて頭に置くが如し即ち高ゆくやはやぶさ別のみむすひかねと歌へるたぐひなり云々」といへるもの是れなり。
 枕詞の造句法は大體二種とすべし音の似通へる語句を掛詞と同じ風に績くるもの例へば「春」といふ語に冠するに「自眞弓」といふ語を以てし「しらま弓春にもなれば云々」とつゞけて「春」と「張る」とを通はしむるたぐひと意味相受けて一義を成し殆ど普通の形客詞と異なる所なきもの例へば「足びきの山又山」「膽向かふ心のまゝ」などのたぐひ是れなり。一は「しらま弓張る」の。「はる」と「春にもなれば」の「はる」と單に同音なるのみにて意は全く別、且つ「白眞弓」と下句なる「春にも成れば云々」の事柄とも全く無關係なれど他は此の際音のみならず意も相通じて「膽向かふ心」といふときの「こゝろ」と「心のまゝ」といふときの「こゝろ」と同義なる差あるを見るべし。但し二者共に本文の事柄と冠辭とは直接に關係なきを枕詞の本來とす。「心のまゝに云々」といふ事柄と「膽向かふ」といふ事柄とは何の因縁もなくたゞ句頭なる心といふ一語の形容言たるに止まるの類なり。されど枕詞の上乘なるものに至りては往々本文の事柄とも關係を有して大に文の妙味を增すことなきにあらす。たとへば  此の歌に於ける「朝髪の」の一句の如き、本來は枕詞なれども留守の人を思ふて夢にまで見しぞといふ意に善く叶ひて「思ひ亂るゝ」と「朝髪の亂れたる」と相通ずるなり。以上の二種の外やゝ趣のかはれる一の枕詞あり。疊音法の理を應用して「霰打つあられ松原」などいへる類是れなり。されど此の例はさまで多からず。
 枕詞の用例は『萬葉集』中の長短歌に極めて多し。 やゝ下りては枕詞を文にも用ひたり。
純然たる枕詞の外に和學者の序詞と稱するものあり。枕詞は通例五字より成れる句にして、序とは十二字十七字乃至二十字三十字績きたるものをいふ。されど此は形のみの差別にして語句の性質上よりいふときは、殆ど之れを分つの必要なし。たゞ序詞は枕詞の如く一句と限らず、幾句も續け得るが故に、之れによりて本文の意味を補ひ得べく、枕詞が本文の意と直接の關係を有せざるを本來とするとは、やゝ趣の異なれるを見るのみ。枕詞といふとも巧なるものに至りては本文の意を補ふの用をなすことあるは前にもいへる如し。或は時として一首の歌の七八分まで斯かる冠辭に成り、本文は僅かに餘の一二句を盡くるが如きことあるより、之れを直に枕詞を呼ぶに忍びずして、別に序詞と稱するに至れるものか。上田秋成の『冠辭考續紹』に、「五言七言のみならず一二言一七言にもかむらすを誰そや序歌と呼びならはせしを、こもいかにそや思ゆ、序とは文家次第其事卷首と云義なる由には此裝のみにあやなしつる言の名にふさはしくもあらぬ」といへるも道理なくはあらず。
 さて此の種の序詞に用ひたる例は『萬葉』に 之れを他の
といへるに比するときはます〳〵序詞と枕詞とのさしたる別なきを知り得べし。前者は「みすゞかるしなぬのまゆみ」と二句十七言につゞき、後者は「あづさゆみ」と一句五言に終れるため一を序といひ他を枕詞といへど意は全く同一なる序を見るなり。其の他  初の二十九言はたゞ之れ「高まと山」の「まと」といふ語を引き出ださんための序詞なるのみ。而して此の序詞中、或は多少高まと山に葬られたる志貴親王の武勇を讃するの意籠れりとするも、其は極めて薄微なるものにて、殆ど五句二十九言の序詞と其の以下の本文則ち志貴親王の薨去を痛める文意とは、關係なしとも見らるべし。到底序詞は枕詞の大嵩なるものに過ぎず。序詞の能く本文の意を助けて餘情を深からしめたる例は  三句十七字の序詞別に深意あるにあらねど只調子何處ともなく長〳〵しき心地して、夜の長々しきさまを形容し得たり。すなはち十七字は表面上下句の本意と關係せざるも調の上より間接に長〳〵し夜の形容となれるものといふべし。また  この歌の如き、更に妙なり、上三句は一方よりいふときは「うらめずらしき」の「裏」といふ語を引き出ださんために冠したる序詞なると共に他方よりいふときは此の序句あるために秋の初風の我がせこが初袷の衣の裙を吹きかへす樣員に見ゆるやうにて清涼の情致全句に溢れたり。序詞を用ふるは此の邊を極所とすべきなり且つ斯かる境に至れば冠辭と掛詞とは殆ど別なきを見る。『新古今』時代以後の歌人が之れを襲用して細巧至らざるなき由は掛詞の條下に言へり。 此等はやゝ巧なる序歌の例なり。
 總じて枕詞と掛詞との別は上句の意味と下句なる本文の意味との關係如何にあり。上句は上句にて一の意味を成し下句は下句にて一の意味を成したゞ上句の句尾と下句の句頭と同昔調なるため重なりて一につゞまりたるまでなるは、掛詞なり。例へば、今日別かれあすは近江と思へども夜や更けぬらし袖の露けき」といふが如し「今日別かれ明日は逢ふ身」といふと「明日は近江」といふとを言ひ掛けたるが一句の作意にして、今日別かるゝと明日は近江路に着くとは共に題中の事柄なるが故に「今日別かれ明日は」の八言を序詞と見做すを得ざるなり。之れに反し「たちわかれいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今歸り來ん」といへるは、上三句を序と見るべく之れに緣りて僅に下句なる「まつ」の字を引き起こし來たるなり。(「立ちわかれ往なば」の句また本文に關係あるは勿論なり)即ち枕詞(無論序詞をも含む)は上句の表面の意味と下句本文の意と直接に關聯せざるを本旨とす。而して題意は固より下句にありて、上句は贅餘の裝飾物たるに過ぎざるべし。但し贅句なりとはいへども、文字の裏面、句の音調等のおのづから題意と通ずる所ありて、一句の情趣を助くるものなるは言ふまでもなし。されば要するに枕詞は本文の事柄と直接に關係なき附贅の詞なる事及び意味の上又は音詞の上にて下句本文の句頭の一語と聯接する事の二件を要す。