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  第二章 詞藻論

第七節 譬喩法

第七項 聲喩法

 聲喩法とは事物の音を其のまゝ借りて修飾とするの謂ひなり。琴の昔を形容して「瑟々錚々」といひ、雷の響くさまを言ひあらはして「おどろ〳〵しく」といひ、鳥の鳴く聲を摸して「ちよ〴〵」といふが如きこれなり。蓋し聲喩法は、たゞ一筋に事物に心奪はれたる刹那、覺えず識らず對境の音を我れの聲もて摸せるに起こり、之れを附加することによりて、其の事物を一層活現的ならしめんとするものに外ならず。されば彼の音調の條に論ぜる語勢法其の他聲音の表情を利用する諸修辭法と密に相聯絡す。相異なるは、彼れにありては、凡て既成の言語といふ範圍内に於ける聲音を、我れの情若しくは事物の音と應ぜしむるを本意とし此れにありては、未だ言語を成さゞる聲音を以て事物の言を摸するを本意とす。
 聲喩法のうち強ゐて分類をなさば、事物の聲音そのまゝを摸するもの、例へば前掲の「おどろ〳〵」しく「ちよ〴〵」等の如きと、事物の動作を摸すと稱せらるゝもの、例へば「ゆう〳〵と立ち出づる」「ぐさと突き込む」等の如きとなり。されど二人者、事物の動作を摸すと思へるものも、實はかすかに其の動作より生する昔を摸せるものに外ならねば、茲には無用の分類を成さゞるべし。さて聲喩法の例を擧げんに
 うらめしの鈴蟲、松蟲、泣くべき原では泣きもせで、君樣とわれとの間をきれんやきれあんれ、きれ〳〵ちんからころりと鳴くの、憎くさよ(『總まくり』)
 「ちんからころり」は蟲の鳴く音の聲喩法なり。「きれんや、きれあんれ、きれ〳〵」はすなはち語にしておのづから聲喩の力をも有する音調法なり。此等相つらなりて妙辭をなす。
 アゝ是れでも世繼が此の世にあれば戀のあだ、妬ましやつらや憎くやとすつくと立ッつどふと居つ、齒がみ齒たゝきかた〳〵〳〵、今の間に世繼めが死ねがな〳〵、天も落ちよ地もさけよ、山も崩れて落ちかゝり、世繼が五繼碎けよかし、僧ツくしにくしの亂れ髪、かもじほどけて千早ふる悋氣の髪はなき世かの、庭の植込松杉も神木と観念し、しんゐのかな釘心のかな槌、打ち殺したや殺したや、くしげ見れども刃物はなし、エゝ何とせん、是れよ〳〵、二面の鏡おもひ付いたりあらうれし、鏡は女の魂、武士の太刀かたな、本望遂げん銘のもの、得たりやうれしと走りよれば、柳の髪も我か涙も、共にぱら〳〵ぱら〳〵〳〵、腹立ちや此の鏡、世繼御前が朝夕に、紅白粉の砥ぎ磨き粧ひ作つて主のある男を寢とる第一の憎いやつは此の鏡云々(近松作『栬狩劒本地』)
これまた文勢の迫りし場合を示して「かた〳〵」といひ「ぱら〳〵」といふと前後の口調とよく調和せるものなり。
 與一鏑を取りて番ひよつぴいてひやうと放つ、小兵といふ條、十二束三つぶせ、弓は強し、鏑は浦響くほどに長鳴して過たず扇の要ぎは一寸ばかり置きて、ひいふつとぞ射切りたる、鏑は海に入りければ、扇は空へとあがりける、春風に一もみ二もみ揉まれて海へさっとそ散りたりける、皆紅の扇の、夕日の輝くに白波の上に漂ひ浮きぬ沈みぬゆられけるを沖には平家舷をたゝきて感じたり。陸には源氏箙をたゝきてどよめきけり(『平家物語』)
とく〳〵〳〵こゝろみに浮世すゝがばや(松尾芭蕉)
ほろ〳〵と山吹散るか瀧の音(同上)
「ひやう」「ひいふつ」「さつと」「とく〳〵」「ほろ〳〵」等皆然り。
 鐵故山は聞こゆる大刀、一丈あまりに石突なく兩方(からすぎ)のやうなる大の鋒提げ、二人を左右に見下して、輪鋒の岩を割り醉象の荒れたる勢、半時ばかり打合ひしが、永吉劒を受けはづし、左手の肩口切り込まれ、いぬゐにどうと臥したりけり、鐵故山猶力を得秘術を盡くす後より、錦舎は劒提げちよこ〳〵と駈けよつて、股の根付をちよつと切り、脇へまはつてちよつ〳〵〳〵膝口をちよつと切り、後へまはつてちよこ〳〵〳〵、こぶら高股ちよつとちやつり、ちよつ切り、エゝ間にも足らぬ蜻蜓め、邪魔な奴と睨んでも、拔けつ潜ッつ身は輕く、鞭に恐れぬ荒駒を、蠅の惱ます如くなり云々(近松作『國性爺後日合戰』)
此等はむしろ。一層多く動作に關せる聲喩法とも見るべきなり。
(參照) 聲喩法は英語にてオノマトピーア(Onomatopoeia)といふ。漢語にて「丁々」といひ「堂々」といひ「颯々」といひ「浙瀝」といひ「鏘鰹」といふたぐひも本來は聲喩法に屬するものなれど、邦人に取りては、其の語に一種固有の意義あるが如く思ひなされ、却りて音調法の部類に入ること多し。是れ一は漢語の原音と邦人が之れを輸入せし後の音と同一ならず、爲に邦語としては必ずしも聲喩の理にかなはずして、單に支那に典據あり用例あるが故にといふのみに由り之れを用ふるの結果なり。即ち「丁々」といへば「とう〳〵」といふ聲喩法としてよりも奪ろ木な伐る音といふ固有の字義として之れな解するの類なり。
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