第八 主として變性の原理に基ける詞姿

 第四十九章 變態法

一一二  三人稱に爲す時には何處までも三人稱で通し、敬語を用ゐた人には始終一貫して敬語を用ゐるといふ樣に、態度の一定一貫は基礎論の要求として甚だ大切な事であるが、感情の昂ぶつた場合には、敬語を用ゐて來た長者をも俄に罵ることがあり、三人稱に寫して來た者にも忽然一人稱に物語せしむることがある。かく非常特別の場合に態度を變ふる詞姿を稱して變態法といふ。例へば、

昔此の所に莵名目處女うなひをとめの有りしに、又其の頃小竹田男さゝだをとこ血沼ちぬま大丈夫ますらをと申し者、彼のうなひに心を懸け、同じ日の同じ時に、わりなき思ひの玉章を贈る、彼の女思ふやう、一人に靡かば一人の恨み深かるべしと、左右さうなう靡く事もなかりしが、あの生田川の水鳥をさへ、二人の矢先の諸共に、一つの翅に中たらしかば、其の時思ふやう、無慙やなさしも契りは深みどり、水鳥までも我れ故に、さこそ名は鴛鴦をしどりの、番去りにしあはれさよ。住みわびつ我が身捨ててむ津の國の、生田の川は名のみなりけりど、これを最期の言葉にて、此の川波に沈みしを、取り上げて此の塚の、土中に籠めをさめしに、二人の男は此の塚に、求め來たりつゝ、何時まで生田川、流るゝ水に夕汐の、さしちがへて空しくなれば、それさへ我が科に、なる身を助け給へとて、塚の內に入りにけり。 塚の內にぞ入りにける。(謠曲「求塚」)
初めには「莵名目處女」といふ女あり「彼の女」はと餘所事に話して來たのが、忽ち態度を一變して「思ふよう」「我れ故に」「我が科に」と、己が事に言ひ做したのでめる。
エヽむごい鬼よ、鬼神よ、をなご一人ひとり乘せたとて輕い舟が重らうか、人々の嘆きを見る目はないか聞く耳は持たぬか、乘せてたべのう乘せ居れと聲を上げうち招き、足ずりしては臥しまろび人目も、恥ぢす歎きし……(巢林子『平家女護島』)
丹波の少將成經赦にあひて鬼界ケ島を去る時、其の妻千鳥從ふを許されずして平家の使者に怨み喞つ所、初めは乘せてたべと賴み入り、後には憤りて乘せ居れと罵る、感情の急變目のあたり見る樣に寫し出だされてある。