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第八 主として變性の原理に基ける詞姿

 第四十八章 遮斷法

一〇八 特殊の事情ある場合、例へば感情の激した場合等に文路を斷つ詞姿、之れを稱して遮斷法といふ。非常手段により、言はずして言ひたるよりも、斷ちて續けたるよりも、多くの効を收めむとするものである。此の法は、主として小說戯曲等に於いて感情の高まつた場合を爲すに用ゐらるゝ。此の法は省略法に深い關係がある。

 遮斷法を分かちて三種とする。一は途切れ〳〵に筋を運び、或は中斷してまた續けざるもの、之れを斷絕法といふ。二は中止し、他の事物を叙して更に再び前文の筋を續くるもの、之れを折挿法といふ。三は中止して他の事物に呼び掛くるもの、之れを招呼法といふ。

一〇九 第一、斷絕法は、槪ね、言ふにいやまさる餘韻を殘す爲めに用ゐらるゝ。淨瑠璃の段の終はりを結ばずして、「淚限り聲限り、互に呼ばれ招かれて姿を隱す汐ぐもり、聲を隔つる沖津波、沖のかもめ磯千鳥泣きこがれてぞ……」と止むる如き、其の一例である。

何たる因果で此樣こんな思をするのだらう!貴嬢あなた好何どうすると仰しやるけれど、わたくしは何だか眼がくらんで、う無茶苦茶になつて來た……洵に惰ないと思ふより外何も思つてゐられない……貴嬢は如何して沈着おちついてゐられるかと思ふと、不思議のやうだ!……(二葉亭『浮草』)
越ゆる敷居の細溝も、親子別かれの淚川、德兵衞つく〴〵と後姿を見送りて、わツと叫び聲を上げ、彼奴きやツが顏つき背恰好せいかツこう成人するに從ひ、死なれた旦那に生寫し、あれあの辻に立つたる姿なりを見るにつけ、與兵衞めは追ひ出さず、旦那を追ひ出す心がして、勿體ない悲しいわいのとどうと伏し、人目も耻ぢず泣く聲に、憎い〳〵も母の親、たしなむ淚こらへかね、見ぬ顏ながら伸び上がり、見れども蝕所の繪幟ゐのぼりに、影もかくれて……(近松『女殺油地獄』)
呂馬童は恐れて近づかず。不覺なる者の心かな、是れ見よ後の世に、語り傳へよといひあへず、劔を拔いてあへなくも、我れと我が首を掻き落し、呂馬童に與へ、其のまゝ此の原の露と消えにけり。望雲騅は膝を折り、黃なる淚を流せば……さのみ語れば我が心、昔に歸る身の果、今は包まじ我れこそは、項羽が幽靈顯はれたり、跡弔らひてたび給へ。(謠曲「項羽」)
こんなのは文壇でも流石に屑の方であらう。しかし不幸にして私の友人は大抵屑ばかりだ。こんな人のこんな風袋ばかり大きくても、割れば中から鉛の天神樣が出て來るガラ〳〵のやうな、見掛倒しの、內容に乏しい、信切な忠吿なんぞは、わたしちツとも聞きたくない。私の願ひは親の口から今一度薄着して風邪かぜをお引きでない、おなかいたら御飯ごはんにせうかと、まらんくだらん、意味の無い事を聞きたいのだが……その親達はう此の世に居ない。若しまだ生きてゐたら、私は……孝行をしたい時には親はなしと、又しても俗物はうまい事を言ふ。あゝ嬉しいにつけ、悲しいにつけ、憶ひ出すのは親の事……それにポチの事だ。(二葉亭『平凡』)

一一〇 第二、折挿法は文章の筋を破ることによつて無碍に續けたるよりも一層の効を收めむとするもの、其の最も簡單なるは感投詞を挿むものである。例へば「熊坂祕術を振ふならば、如何なる天魔鬼神なりとも、ちうにつかんで微塵になし、擊たれたる者どもの、いで供養に報ぜむとて」「若侍に雙六うたせ、助言して居りけるは、是れぞ此の國のあう戸樫の介と覺えてあり。」の類。

長範この由聞くよりも、無念の次第かな、そのわツぱに手並見せむといふままに、八尺五寸の、さても棒をば水車に廻いて源に渡り合う。(舞の本「烏帽子折」)
人商人の都より、年の程十二三ばかりなる幼き者を買ひ取つて奧へ下り候ふが、此の幼き者、未だ習はぬ旅の勞れにや、以ての外に違例し、今は一足も引かれずとて、此の河岸にひれふし候ふを、なんぼか世には情なき者の候ふぞ、此の幼き者をば其のまゝ路次に捨てゝ商人は奧へ下つて候ふ。(謠曲「角田川」)

右はいづれも感投詞を挿んだものである。尙ほ多少複雜なる例を擧ぐれば、謠曲「櫻川」に、幼い子が、身を人商人に賣り、身代金に文を添へて母に送ると、母が之れを開いて見た所に、

あら思ひよらずや、先つ〴〵文を見うずるにて候ふ。扨も〳〵此の年月の御有樣、見るも餘りの悲しさに、人商人に身を賣りて、東の方へ下り候ふ。のう其の子は賣るまじき子にて候ふものを、やあら悲しや、はや今の人も行く方知らずなうて候ふはいかに。これを出離の緣として御樣をも變へ給ふべし。唯だ返す〴〵も御名殘こそ惜しう候へ。
氣も沈み入る時しもあれ心細げな鼓弓の聲、哀れ催す相の山われに淚を添へよとや、夕朝の鐘の聲寂滅爲樂と響けども、聞いて驚く人もなし。通りや只だの時さへ相の山聞けば哀れで淚が溢ゆる、悲しゆてならぬ胴ぶくらに、あた聞きともない通ろや〳〵といひて淚をおし拭ふ。野邊よりあなたの友とては、血脈一つに珠數一連これが冥土の友となる。アヽ舌たるい手の隙がない通りや〳〵……(巢林子『傾城反魂香』)

一一一 第三、招呼法の例、左に、

取り分き如何なる人此の浦にてはて給ひ候ふぞ、委しく御物語り候へ。通盛調「仰せの如く或は討たれ、又は海にも沈み給ひて候ふ。中にも小宰相の局こそ。や、もろ共に御物語り候へ。(謠曲「通盛」)
かの業平も此の渡りにて、名にし負はゞいざこととはむ都鳥、わが思ふ人はありや無しやと、のう舟人、あれに白き鳥の見えたるは都にては見なれぬ鳥なり。あれをば何と申し候ふぞ。(謠曲「角田川」)
野田の入江の水煙山の端白くほの〴〵と、あれ寺々の鐘の聲かう〳〵かうしていつまでか、とても存命ながらへはてぬ身を最期急がむこなたへと、手に百八の珠の緖を泪の玉に繰りまぜて、南無阿彌島の大長寺藪の外面のいさゝ川流れ漲る樋の上を最期所と着きにける。(巢林子『天の綱島』)
三河國に至りぬ。稚鯉鮒ちりふが馬場を過ぎて、數里すうりの野原に、一兩の橋を名につけて八橋といふ。いさごに睡る鴛鴦えんおうは夏を辭したり、水に立てる杜若かきつばたは時を迎へて開きたり。花は昔の色にかはらず咲きぬらむ、橋も同じ橋なれども、幾たび造りかへつらむ。相如が世を恨みしは、肥馬に乘りて昇僊にかへり、幽子身を捨つる、窮鳥に類ひて當橋を渡る。八橋よ八橋よ、蜘蛛手に物思ふ人は、むかしも過ぎきや。橋柱よはしばしらよ、おのれも朽ちぬるか、空しく朽ちぬるものは今もまた過ぐ。(源光行『海道記』)
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