第八 主として變性の原理に基ける詞姿

 第四十七章 方便法

一〇七 同じ一杯の水もいた時に飮めば一しほの味はひがあり、同じ樹蔭も大雨の時には染みと難有く感ざらるゝ。本來美はしき事物は云ふに及ばす、特に美はしきと感ぜぬ事物も、之れに醜き事物を配すれば、別物と思はるゝ程美はしくなることがある。文の主要部の美を發揮する方便として醜なる要素を用ゐる詞姿を稱して方便法といふ。忠臣の忠義をしく表はさむが爲めに道臣の無遣をき、先づ暴風雨を寫して次ぎに來たる光風舞月の心地よさをくし、行水を配して優しき蟲の音を活かし、夢中の事をばわざと辻褄の合はぬやうに寫すなど、すべて此の法によつたものである。辯舌の達なる事を示さむが爲に、故らに口調惡しく耳障りわるき言葉を用ゐるなども、此の法によつたものに外ならぬ。二世市川團十郎が得意の「外郎賣うゐろうり臺詞せりふ」など、其のしき例である。外郎は相州小田原の名物、之れを嘗むれば驚くほど舌が回つて來るといつて、東道上も下りの旅人に吹聽するといふが、其の筋である。