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第七 主として順感の原理に基ける詞姿

 第四十四章 擬態法

一〇四 擬態法とは事物の態度を摸して之れを活現する詞姿である。聲を摸しては「おどろおどろと鳴る神」「ちう〳〵と鳴く雀、こう〳〵と鳴く鳥」「伐木丁々」「谿水潺々」といひ、目に見ゆる狀態を摸しては「そろり〳〵と參らう」「いそ〳〵して居る」「はき〳〵せよ」「ぐつ〳〵するな」といひ、肌ざはりを摸しては「すべ〳〵」「ぬるぬる」といひ、嗅覺を摸しては「くんこたへる」「ほやりと香ふ」といふ類、皆此の詞姿である。就中聲音は最も多く摸せられ、又最も効力あるを以て、已に擬聲法或は聲喩法といふ語が成り立って居る。擬態法の例、左に。

いで〳〵昔を顯はさむと、夕陰草の月の夜に、女は塚の內に入りて、秋の心も細布の、機物を立てゝ機を織れば、夫は錦木取り持ちて、さしたる門をたゝけども、內より答ふる事もなく、ひそかに音する物とては、機物の音、秋の蟲の音、聞けば夜聲も、きり、はたり、ちよう〳〵、きり、はたりちよう〳〵、きりはたりちよう、〳〵機織松蟲きり〴〵す、つゞりさせよと鳴く蟲の、衣の爲めかなわびそ、「おのが住む時の千種の糸の、細布織りて取らせむ。(謠曲「錦木」)
去年こぞの夏竹植うる日の頃、うき節しげき憂き世に生またる娘、おろかにして、物にさとかれとて、名をさと呼ぶ。ことし誕生日祝ふ頃ほひより、てうち〳〵あわゝ天窓てん〳〵かぶり〳〵振りながら、同じき子供の風車といふものを持てるをしきりに欲しがりてむつがれば、とみに取らせける。やがてむしゃ〳〵やぶツて捨て、露程の執念なく、直ちに外の物に心うつりて、そこらにある茶碗を打ち破りつゝ、それも、直ちに倦みて、障子の薄紙を、めり〳〵むしるに、よくした〳〵とほむれば、誠と思ひきやら〳〵と笑ひてひたむしにむしりぬ。心の中一點の塵もなく、名月のきら〳〵しく淸く見ゆれば、迹なき俳優見る樣に、なか〳〵心の皺を伸ばしぬ。又人の來たりてわんわんはどこにといへば犬に指ざし、かあ〳〵はと問へば烏に指ざすさま、口もとより爪尖まで愛敬こぼれて愛らしく、いはゞ春の初草に胡蝶の戯るゝよりも優しくなむ覺え侍る。(一茶「おらが春」)
やう〳〵二人手を取り合ひ、門口までそツと出で、かきがね外せしが、車戸の音いぶかしく明けかねし折から、下女は火打をはた〳〵と、打つ音に紛らかし、ちようとうてばそツとあけ、かち〳〵打てばそろ〳〵あけ、合はせ〳〵て身を縮め、袖と〳〵をまきの戸や、虎の尾を踏む心地して、二人績いてつツと出で、顏を見合はせアヽ嬉しと、死にに行く身を悅びし、哀れさつらさ淺ましさ、あとに火打の石の火の、命の末こそ短けれ。(近松『曾根崎心中』)
寢れらぬまゝに、わたしは夜着のなかで今聽いた母の說明を反覆くりかへし〳〵味はつて見た。まづ何處かの飼犬が緣の下で兒を生んだとする。ちツぽけなむく〳〵としたのが重なり合って、首をもちやげて、ミイ〳〵と乳房を探してゐる所へ、親犬が餘處から歸つてきて、其のそばドサリと橫になり、片喘からかゝへ込んで、ペロ〳〵めると、小さいから舌の先で他愛たあいもなくコロ〳〵と轉がされる。轉がされては大騒ぎして起き返り、又ヨチ〳〵と這うひ寄つて、ポツチリと黑い鼻面はなづらで>なかを探ら廻り、漸く思ふ柔かな乳首ちくびを探り當て、狼狽あわてゝチウと及ひ付いて、小さな兩手で揉み立て〳〵吸ひ鵠すと、甘い溫かな乳汁ちゝ滖々どくどくと出て來て、 咽喉のどへ洗れ込み、胸をさがつて、何とも言へずおしい。と、腋の下から、まだ乳首に有り附かぬ兄弟が鼻面で割り込んで來る。られまいとして、產毛のえた腕を突張つツぱり大騒ぎつて見るが、到頭られて了ひ、又其處らを尋ねて、他の乳首に吸ひ付く。其の中にお腹も滿くらくなり、親の肌で身體からだも溫まつて、溶りさうない心地になり、不覺つい昏々うと〳〵となると、くゝんだ乳首がけさうになる。夢心地にも狼狽てゝ又吸ひ付いて、一しきり吸ひ立てるが、ぢきに又他愛なく昏々うと〳〵 となつて、乳首が遂に口を脫ける。 脫けても知らずに口を開いて、小さな舌を出したなりで、一向正禮がない……其の時忽ち暗黑くらやみから、茸々もじや〳〵と毛の生えた、節くれ立つた大きな腕がヌッと出て、正體な寢入つてゐる所を無手むずむずと引ツ摑み、宙につるす。驚いて目をポツチリ明き、いたいけな聲て悲鳴を揚捸げながら、四足を張つて藻掻く中に、あたまから何かで包まれたやうで、眞暗になる。窮屈で息氣いきが<つまりさうだから、出やうとするが、出られない。しばらく藻掻いて居る中に、ふと足掻が自由になる。と領元えりもとつままれて高い〳〵處からドサリ落された。うろ〳〵として其處らを視廻すれど、何だか變な淋しい眞暗な處て、誰も居ない。(二葉亭『平凡』)
其の中に閉場の時刻が來た。ガラン〳〵と云ふ振鈴ふうりんの音を合圖に、しも熱し切つて居た群衆ぐんじゆゾロ〳〵ぐ引き擧げる。と、小使らしい半纏着の男が二人、如露と箒とで片端から掃除を始める。わたくしの傍の靑い顏の男も何時の間にか居なくなつた。ガランとした廣い會所の窓ガラスには、赤い夕日がキラ〳〵輝いたが、其の光の届かぬ所は最う薄暗い。(小粟風葉氏『世間師』)

擬態法は事物の狀態を活躍させるに最も有効なる詞姿の一つで、其の最も多く用ゐらるゝは日本文だともいはれる。又詞姿の中には、自然、無技巧を標榜する新式文章から斥けられるのも多いが、擬態法は舊式丈章よりも寧ろ多く新式文章に用ゐられるといふ傾きがある。但し此の詞姿には場合によつて、讃者の感情を刺戟し過ぎる嫌ひがあり、又文品を輕くする傾きがある故に、謹嚴を主とし、品位を重んする文章には、其の用ゐ方を謹まねばならぬ。

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