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第七 主として順感の原理に基ける詞姿

 第四十一章 其の他の反復的詞姿

九三 頭韻法、脚韻法、疊點法、反照法、照應法等も亦反覆法の一種である。
頭韻法 は、句の頭に於いて同一の響きある語を繰り返すもの、例へば「刀の肌は走の氷の上に雪がちらり〳〵〳〵と降わかゝつた如くで御座ります。」「步路かちぢ急げどはか行かず、を知るべに波津の吉もみ憂しと、世の憂きしの見山、そめぬ袂も捨てる身は」の類ひをいふ。

人待つよひの火なぶりや、……引き裂き紙の捻り元結もとひで火廻しを、火斗ひのし、日野絹、獨寢、緋無垢、冷酒、引舟、火桶、鵯、姬小松、緋縮緬、柊、雛子、柄杓、緋鍛子、ひき蛙、平野菎蒻、菱紬…(巢林子『重井筒』)

狂言「酢葍すはじかみ」には巧みに頭韻法が用ゐられて居る。酢賣と葍賣とがあり、互の商賣物の系圖を言うて負けた方が賣子にならうと約する。

はじかみ賣「何ぢや、酢にも系圖があるといふか。 ▲す賣「中々おぢやる。 ▲「や、ちツと聞きたうおぢやるの。▲「お、中々讀んできかせうが、して、位に負けたらば、其方そのほうは賣子になるか。 ▲「おんでも無い事、どちらなりと賣子にならうず。 ▲「たらば、是れへ寄つて聞かせませ。昔古天皇の御時に、一人の賣禁中を賣りまはる。其の時、わうゐん、賣よく〻〻くとわうゐん召されしが、の門をると通り賣子緣にすくと立っておぢやる。其の時、透張すきはり障子るりと明ける〳〵と出であつて、きの御酒みさけを下された。一つだべ、二つたべ、三つ目に御詠歌を下され。お主これを聞かずるよ。 ▲「急いで聞かしやれ。 ▲吉の、すみをかけて、嘸やば、みよかるらむと下された。これに增したる系圖は有るまい。賣子にならせませ。 ▲「先づ某もお聞ききやれ。昔からく天皇の御時、葍賣と召されしが、から門のからりと通り、から緣にしこまる。其の時わう紙障子をからりと明けて、から〳〵と御覽あり、から御酒おんさけを下されたり。一つたべ、二つたべ、三つ目に肴とて御酒おんさけを一首下された。是れへ寄つて聞かせませ。からき物、から からひるやから木でたいて、からいりにせむと、下された。是れに增たる系圖はあるまい。お主賣子にならせませ。▲「いやはや、是れも餘程よツほどの系圖でおぢやる。乍去、すいこ天皇も、からく天皇も、位は同じ事。今からは、相商あひあきなひにまゐらうず。
九四 脚韻法 は句脚に同韻の語を繰り返すもの、例へば「足曳山鳥しだり尾」「文武の花も榮え、初花咲い。みさい。」「石見の海、つねの浦まを浦なしと、人こそ見ら、よしゑやし、潟なしと、人こそ見ら、浦はなけど」「の間より見ゆるは谷の螢かも、いざりも舟をの沖へ行くかも。」(喜撰)「坂は照、照鈴鹿あひの土山雨が降。」の類ひをいふ。しかながら嚴密にいふと、日本文には、散文にも詩歌にも、特に脚韻と稱すべきものがない。近年になつて之れを試みた人もあるが、其の企ては大抵失敗に歸して居る。昔の『新體詩集』に載せた外山氏矢田部氏等の試みはいふに及ばず、近頃の新體詩人の試作でも、韻を踏んだ爲めに面白くなつたといふ黙は殆んど無いのみならず、却つて之れが爲めに趣致の害はれた傾きさへある。少なくとも支那西洋の詩歌の如く、押韻の爲めに趣致の加はることは殆んど無い。是れ恐らく押韻が日本語に適せぬ爲であらう。
 啻に脚韻法のみならず、頭韻法とても、その通りである。和歌髄腦や『八雲御抄』などの韻論を始めとして、我が從來の學者が、支那或は西洋の修辭學者の說く所に從つて、しばらく脚韻、頭韻、等の名稱を譯し、又それに合ひさうな例を並べて來ては居るものの、實は之れを一括して平たく句拍子といふ方が適當である。

九五 句拍子 とは舌に任せて口調よく言ひつゞいけることをいふ。之れに頭韻風のと脚韻風のとがある。「からり〳〵とから緣を通る。」「引つ立て、ひき据ゑ、引き起こし」等は頭韻風のもの、「荒潮あらしほしほ八百道やほぢ八潮道やしほぢの」「月よし夜よし風もよし」「いちひ大葉櫟かしひ、まてばしひ。」「頭を振る、舌ふる今ふるな、鈴ふる樣にいひければ」「のびた鼻毛の糸目が切れる、れる〳〵糸目が鼻毛が切れる、あゝれる〳〵、るるるるる。」等は脚韻風のもの、「あづまやのあまりの雨そゝぎ我れ立ちぬれぬ、その殿戸とんのど開かせ。」「天滿に年ふる千早ぶる、神にはあら神樣と世の鰐口にのるばかり」等は頭韻脚韻の双方を加味したものである。是等の詞姿には、とかく語を弄ぶ傾きがあり、從つて俗喜ばせの洒落に終はり、やゝもすれば文の品位を害ふ恐れさへあるが、其の調音を好くし、耳を喜ばす點から見て少なからぬ効力のある事は疑ひない。無技巧主義の行はるゝ世の中にも、歌謠に緣の近い文章には長へに用ゐらるゝであらう。

人長又すゝみて行綱召すと召す時、行綱寔に寒げなる氣色けしきをして、膝を股までかきあげて、細き脛を出して、わなゝき寒げなる聲にて「よりに〳〵夜の更けて、さりに〳〵寒きに、ふりちふふぐりを、ありちふあぶらむといひて、庭火を十まはりり走り廻りたるに上より下ざまに至るまで大かたどよみたりけり。(『宇治拾遺物語』)

さても其の後氣は逆上のぼり、心はいとゞいその上、ふるき軒端につばめらめの、すはこそ子を產むござめれと、子安貝をぞ覘はれける。折から一疋親つばめ、尻尾しツぽをおツたて、おツたて尻尾を、すん巢のまはりを、ひんらひら。ひんらひらひら。ひんらひら。時分は宵の間、そりや引いた。ふごの綱引きや、綱引きや畚の中の、大臣が巢を探す。占めたり。何やら、へらつく、ひらつく。物こそ握つた。早おろせ。といふにぽツコり頭顚倒。脊骨を打つやら腰の骨。あいた。あいた。あいた。誰れに逢ひた。姬ぎに蓬ひた。さて何を握つた。燕らのまりを握つた。(坪内逍遙氏(『かぐや姬』)

酒五さく、飮んで浮世にこはいもの、何のてんぽの梨の皮、酸いも甘いも苦いのも、とんと忘れた其の味が、なぢよにも、かぢよにも、かぢよも、なぢよにも、忘られられぬを何とすべい。人に生まれて憂き見むよりは、つぼになりたや、酒壺に。香りに〳〵、酒の香りに浸みたやの。此の世樂しく暮らさばまゝよ、來む鳥でも、けものでも。鳥でも〳〵、蟲になうとも何のその。めすならおぢやれ、おすでもおじやれ。さつても〳〵。面白天女の、舞の羽袖は、てんと面白かむがらす。雄天をてんしやツつら引掻きむしつて、しやツ羽根はねひツぱき、しやツ骨たゝいて、寢酒の下物さかなに下物に、寢酒の味もよや、面白おもしろ(『かぐや姬』)

九六 疊鮎法 とは同一の語句を文の處々に點ずる詞姿である。間を離して同語を繰り返す反覆法というてよい。或人が其の手紙にうるさく御座候を用ゐることを難ぜられた時の返事に、「某書中に御座候御座候はほん御座候に御座御座候、大御座候のみがほん御座候御座候。」といへる如き、或は「世の中に思ひあれども子を戀ふる思ひにまさる思ひなきかな」。「よく行きてよく歸りますよしのぬしなむ、もとより其の君によくよくいそしみ、其の親によく從ひ、書をもよく讀みて、よく友にまじらひ、藥をとりて、よく人を養ひける。」の如き、韓退之が「送孟東野序」全文六百二十七字の中に三十九個の字を用ゐたる如き、それである。

思案の末礑と膝を打つて、平凡! 平凡に限る。平凡な者が、平凡な筆で平凡な半生を叙するに平凡といふ題は動かぬ所だ。(二葉亭『平凡』)
姓は橘名は常樹といふありき。此の人、物知れど知るともなく、酒飮めど飮むこともなく、樂しめど樂しむともなく、親しめど親しむともなく、憂ふれど憂ふともなく、貧しけれど貧しともなく、又詠める歌、作れる文らも盜人にかどはされて無く。」斯くばかり世にあやしければ、むなしの翁とこそ名づけつべけれ。」かくて去年の霜月の中の九日といふに、惱める事もなくて、魂さへなむ無くなりにける。」かゝれば今、慕ひ出でつゝ人々哀みあへるを、饗享くともなくてむなしのよや。「世の事はみながらなしとみし人を、ありのすさびにとふがかなしさ。(加茂眞淵「橘常樹かなしむ詞」)
 後に避板法の條に說くが如く、漫りに同語同句を疊用すれば、文章が平板になつて、弄語の忌味が生じて來る。疊點法の如く故らに同語を多く用ゐる場合は此の限りではないが、此の詞姿を用ゐる者は尙ほ常に此の點に關する注意を怠つてはならぬ。

九七 反照法 は文首の語句を文の末尾に再び揭げ、兩爾端相反照して立言を確むる詞姿で、隔離的反覆法、或は確めの反覆法とも稱すべきものである。例へば「露國討たざるべからず、今にして討たずんば、唇亡びて齒寒きの悔いあらむ。露國討たざるべからず。」といふ類ひである。

子曰はく、賢なるいかな回。一簞の食一瓢の飮、陋に在り、人其の憂に堪へず、回や其の樂を改めず。賢なるかな回や。(『論語』)
九八 照應法 とは類似せる思想を隔置して、相照らし相呼應せしむる詞姿をいふ。前に說いた反照法は、照應法の一種で同語反覆の照應法ともいふべきものである。韓退之が「原道」の結尾、如何にして佛者の邪說を排し聖人の大道を明らかにすべきかを說いた所に、
然らば之れを如何にして可ならむ、曰はく塞かざれば流れず、止めざれば行はれず。其の人を人に、其の書を火にし、其の居を廬にし、先王の道を明らかにして以て之れを道き、鰥寡孤獨疾の者を養ふあらば、其れ亦其の可なるに應からむ
といへる、或は王安石が「讀孟嘗君傳」に「得士」及び「鷄鳴狗盜」の交字を處々に點じて呼應せしめたるなど、いづれも照應法を用ゐたものである。
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