第七 主として順感の原理に基ける詞姿

 第四十一章 其の他の反復的詞姿

九三 頭韻法、脚韻法、疊點法、反照法、照應法等も亦反覆法の一種である。
頭韻法 は、句の頭に於いて同一の響きある語を繰り返すもの、例へば「刀の肌は走の氷の上に雪がちらりと降わかゝつた如くで御座ります。」「かちぢ急げどはか行かず、を知るべに波津の吉もみ憂しと、世の憂きしの見山、そめぬ袂も捨てる身は」の類ひをいふ。

狂言「すはじかみ」には巧みに頭韻法が用ゐられて居る。酢賣と賣とがあり、互の商賣物の系圖を言うて負けた方が賣子にならうと約する。

九四 脚韻法 は句脚に同韻の語を繰り返すもの、例へば「足曳山鳥しだり尾」「文武の花も榮え、初花咲い。みさい。」「石見の、つねの浦まを浦なしと、人こそ見ら、よしゑやし、潟なしと、人こそ見ら、浦はなけど」「の間より見ゆるは谷の螢かも、いざりも舟をの沖へ行くかも。」(喜撰)「坂は照、照鈴鹿あひの土山雨が降。」の類ひをいふ。しかながら嚴密にいふと、日本文には、散文にも詩歌にも、特に脚韻と稱すべきものがない。近年になつて之れを試みた人もあるが、其の企ては大抵失敗に歸して居る。昔の『新體詩集』に載せた外山氏矢田部氏等の試みはいふに及ばず、近頃の新體詩人の試作でも、韻を踏んだ爲めに面白くなつたといふ黙は殆んど無いのみならず、却つて之れが爲めに趣致の害はれた傾きさへある。少なくとも支那西洋の詩歌の如く、押韻の爲めに趣致の加はることは殆んど無い。是れ恐らく押韻が日本語に適せぬ爲であらう。
 啻に脚韻法のみならず、頭韻法とても、その通りである。和歌髄腦や『八雲御抄』などの韻論を始めとして、我が從來の學が、支那或は西洋の修辭學のく所に從つて、しばらく脚韻、頭韻、等の名稱を譯し、又それに合ひさうな例を並べて來ては居るものの、實は之れを一括して平たく句拍子といふ方が適當である。 九五 句拍子 とは舌に任せて口調よく言ひつゞいけることをいふ。之れに頭韻風のと脚韻風のとがある。「からりとからを通る。」「引つ立て、ひき据ゑ、引き起こし」等は頭韻風のもの、「荒潮あらしほしほ八百道やほぢ八潮道やしほぢの」「月よし夜よし風もよし」「いちひ大葉櫟かしひ、まてばしひ。」「頭を振る、舌ふる今ふるな、鈴ふる樣にいひければ」「のびた鼻毛の糸目が切れる、れる糸目が鼻毛が切れる、あゝれる、るるるるる。」等は脚韻風のもの、「あづまやのあまりの雨そゝぎ我れ立ちぬれぬ、その殿戸とんのど開かせ。」「天滿に年ふる千早ぶる、神にはあら神樣と世の鰐口にのるばかり」等は頭韻脚韻の双方を加味したものである。是等の詞姿には、とかく語を弄ぶ傾きがあり、從つて俗喜ばせの洒落に終はり、やゝもすれば文の品位を害ふ恐れさへあるが、其の調音を好くし、耳を喜ばす點から見て少なからぬ効力のある事は疑ひない。無技巧主義の行はるゝ世の中にも、歌謠にの近い文章には長へに用ゐらるゝであらう。

九六 疊鮎法 とは同一の語句を文の處々に點ずる詞姿である。間を離して同語を繰り返す反覆法というてよい。或人が其の手紙にうるさく御座候を用ゐることをぜられた時の返事に、「某書中に御座候御座候はほん御座候に御座御座候、大御座候のみがほん御座候御座候。」といへる如き、或は「世の中に思ひあれども子を戀ふる思ひにまさる思ひなきかな」。「よく行きてよく歸りますよしのぬしなむ、もとより其の君によくよくいそしみ、其の親によく從ひ、書をもよく讀みて、よく友にまじらひ、藥をとりて、よく人を養ひける。」の如き、韓退之が「送孟東野序」全文六百二十七字の中に三十九個の字を用ゐたる如き、それである。

 後に避板法の條にくが如く、漫りに同語同句を疊用すれば、文章が平板になつて、弄語の忌味が生じて來る。疊點法の如く故らに同語を多く用ゐる場合は此の限りではないが、此の詞姿を用ゐるはほ常に此の點に關する注意を怠つてはならぬ。 九七 反照法 は文首の語句を文の末尾に再びげ、兩爾端相反照して立言を確むる詞姿で、隔離的反覆法、或は確めの反覆法とも稱すべきものである。例へば「露國討たざるべからず、今にして討たずんば、唇亡びて齒寒きのいあらむ。露國討たざるべからず。」といふ類ひである。
  • 子曰はく、賢なるいかな回。一の食一瓢の飮、陋に在り、人其の憂に堪へず、回や其の樂を改めず。賢なるかな回や。(『論語』)
九八 照應法 とは類似せる思想を隔置して、相照らし相呼應せしむる詞姿をいふ。前にいた反照法は、照應法の一種で同語反覆の照應法ともいふべきものである。韓退之が「原道」の結尾、如何にして佛の邪を排し聖人の大道を明らかにすべきかをいた所に、
  • 然らば之れを如何にして可ならむ、曰はく塞かざれば流れず、止めざれば行はれず。其の人を人に、其の書を火にし、其の居を廬にし、先王の道を明らかにして以て之れを道き、鰥寡孤獨疾のを養ふあらば、其れ亦其の可なるに應からむ
といへる、或は王安石が「讀孟嘗君傳」に「得士」及び「鷄鳴狗盜」の交字を處々に點じて呼應せしめたるなど、いづれも照應法を用ゐたものである。