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第五 主として融會の原理に基ける詞姿

 第三十六章 序次法

 八四 序次法は近きより遠きに、易きより難きに、已知より未知に、順序正しく叙して讀者の心に入り易からしむる詞姿である。多くの例證を擧示して後に斷案を下し、手近き譬喩を諸として難解の道理を會得せしむるなど、其の主なる方法である。此の詞姿の由るべき主なる方法二つ、一を歸納約叙述といひ、一を譬喩的叙述といふ。前者は多くの例證を示して後に斷案を下すもの、後者は手近き比喩を緖として難解の道理を會得せしむるものである。歸納的叙述とは例へば「伯夷叔齊は餓死せり、楠正成、新田義貞は戰死せり、孔子は困厄の間に老いたり、基督は礫せられたり、而して一方には盜跖の天壽を全うし、足利尊氏の天下へを掌握せるあり、天道の是非疑ふべし、因果應報の理信すべからす。」といふ類ひ、譬喩的叙述とは

平山云ふ樣は、鹿付しかづきの山をば獵師知り、鳥付の原は鷹師たかし知り、魚付浦うをつきうらをば網人あみびと知れり。智慧ある人をば智者ぞ知る、吉野泊瀨の花の色、須磨や明石の月影は、其の里人知らざれとも、數寄たる人こそ知る習ひなれ。緖事に於いて道をば道が知る事ぞかし。桃李ものいはざれどもしも自ら蹊を成す、况んや敵を招くじやううち、軍を籠めたる山中さんちうには剛の者こそ案內者よとて、鞭を揚げて先陣に進みけり、兵共當座の會釋えしゃくの面白さに、平山が詞傍若無人なり、誰れか心に劣る可きとばかり云ひ捨てゝ各〻勇み進みけり。(『源平盛衰記』)
の類ひである。序次法は前の譬喩の緖法及び擧例法と出入して居るが、猶ほ其の已知より未知に入る序次を主とする點に於いて一個の詞姿たる價値がある。次ぎに說く連鎻法は、前後授受の關係の密接を主とする點よりいへば序次法に厨するものとも見らるゝ。又序次法は後に奇警の原理に於いて說く奇先法と相對するものである。
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