第五 主として融會の原理に基ける詞姿

 第三十五章 飛移法


 七九 飛移法とは文の調子の急に變じて小なる忽ち大に、高き忽ち低く飛び移るをいふ、思想の推移の漸をなさずして、其の急變の意表に出づるをいふのである。「運は天に在り。」と重く出て、忽ち「牡丹餅は棚に在り。」と輕く轉じ、「傘を着ば雨にも出でよ」といふに、百姓でも出るかと思へば、優しくも「夜半の月。」と承くるが如き、或は「開眼せぬ論佛の如く、庖瘡せざる娘の如し。」といひ、「三人寄れば文殊の知惠、百人寄つても出ぬは金なり。」といふ如きは、此の詞姿によれるものである。此の詞姿の妙味は讀をし拔いて其の意表に出づる所にあり、主として奇警の原理に基いてあるが、漸法との關係上、便利の爲め茲にく。
 飛移法を大別して昇移法及び降移法の二種とする。前は低きより高きに、弱きよりきに、小より大に急變するもの、後は之れに反して高きより低きに、きより弱きに、大より小に急變するものである。
 八十 昇移法の例は、ミルトンの『失樂園』に大魔王セータンの槍を叙して、「大艦おほふねの帆柱にとて諾威ノウヱーの山に切る雲凌ぐ高松も、其の前には、かぼそき鞭と見ゆべき大槍」といへる如き、美なるものの一つである。 「花の山」の雅句を以て「小便無用」の醜穢を救つたので、昇移の妙なるものである。  八一 降移法の例、左に。
  • 本の貴正は染殿の后を戀ひかね、加茂の御手洗川に身を投げ、靑き鬼となつて其の本望を蓬げらるゝ。  おほぢも此の戀叶はずば、如何なるゐどなか、溝のそこへも身を投げて、靑き鬼とはえならずとも青き蛙とならばやと思ひ定めて候ふ。(狂言「枕物狂」)
  • 月華はその隔てなきを、雪見はひたぶるに下戸ならの物好ならむ。さるは香爐峯に簾を捲き、炬燵に目ばかり出したる、それも雪見といはゞいふべりれど、我が門にはこれを取らず。(横井也有『鶉衣拾遺』雪見賦)
  • (此の男)名を物くさ太郎と申す事は、國に比ひなき程の物くさしなり。但し、名こそ物くさ太郎と申せども、いへ避りの有樣人に優れてめでたくぞ侍りける。四面四てうに築地をつき、三方門を立て、東西南北に池を掘り、島をつき、松杉を植ゑ、島より陸地ろくじへそりはしをかけ、高欄にぎぼうしをみがき、まことに結構世にこえたり。十二間の遠侍、九間のわたり廊下、釣殿、細殿、壼、桐壺、まがきが壼に至る迄百種の花を植ゑ、しゆでん十二間に造り、檜はだぶきにふかせ、錦を以て天井をはり、桁うつばり垂木のくみ入には、しろがね黄金をかな物にうち、瓔路のみすをかけ、厩侍所に至るまで、ゆゝしく造り立てゝ居ばやと、心には思へども、いろ事足らねばたゞ竹を四本立て、こもをかけてぞ居たりける(御伽草紙『物草太郎』」)
從來の修跡學は降移法を誤り認めて反漸層法、即ち漸降法としていて居るが、これは決して漸降法と同すべきものではない。
 八二 漸層法と降移法とを合はせたやうなものに頓降法とも稱すべき詞姿がある。頓降法とは々上り來たる調子の急に低落するものを云ふ。例へば、其の樣な事はお止めなさい。大不孝、大不忠、大罪惡です、其の上餘り見つともないぢやありませんか。」「あの婦人は良い方です。家柄がよく、學問が出來て、淑德があつて、そして御飯を餘り食べないで。」といふ類ひである。近松林子の『最明寺殿百人上﨟』に國に執權なきは人に魂なく、家に柱なく、饂飩に汁なく、鱠に酢の無きが如し。」とある如きも、之れに近い。
 八三 茲に序ながら詞姿の上より滑稽の意義を明する。滑稽は物事の不釣合なる所に起こる感じである、從つて不釣合にして人を笑はしむる事物を滑稽だと云ふ。詞姿上より見れば、滑稽に對照法によるものと降移法によるものとの二つがある。前は相對する事物の大小輕重等の關係に不調和の存するもの、後は進推移の段取りに不調和の存するものである。例へば「明月を鍋燒とし、燒味噌に鼻緖をすげる。」といひ、「神皇正統記の道理づくめも、北朝に團扇うちはがあがり、足利に無盡は落ちぬ。」といふは對照の滑稽、「大山鳴り響いて出たものは小鼠一匹。」といふは降移の滑稽である。而して對照の滑稽、降移の滑稽、二共に事物の不釣合、不調和といふことに歸する。例へば
  • (桶屋久馬平)王子を取つて投げのけ親王君おしかこひ、枯木立ちにつツ立つて大聲あげ、我れを誰れとか思ふ、玉世のがふだい相傳のおけにんはんぞう天皇の後胤、かづらゆひの親王の末孫樽井の小樽といふ、大こうの物おけ有とは定めて暑にも聞きつらむ、早く歸れ歸らずは三年竹の八つ割にて、汝が五體に七つ輪を入れ、あたまから爪さきまで、やりがんなを見しらせてなし物おけにしてくれむ、いはれぬ王子の手おけだて身が前ではおいてくれ、おけおけやと罵りしはかひそ見えにける。(林子『用明天皇職人鏡』)
  • 旅はういものつらゆきも、糸によるとはよみたるならずや、かはゆい子には旅合羽、裸で道中すべからずとは、引つ込み思案の出嫌ひが詞なるべし。(石川雅望『あづまなまり』)
滑稽は通例下品なものとされて居るが、さうとも限らぬことは次ぎの二篇を見ても明らかである。初めのは六樹園が蜀山人の六十賀をうた文である。
  • 此の先生二三百歳は慥なる人に付、拙しまつ鳥請人にたち、朝もよし貴殿方へ仙人奉公に差出す所實正也。年季は當三月三目、六十賀の誕辰より五十六億七千萬歳、彌勒出世の曉までと相定め、しきせは二季のこのは衣、裁ち縫はぬきぬのふどし一つ、尤も給金の代として、不死不老の金丹一貝、慥に受取申候。右御藥のしるしにて、長病は仕らじ。但三千年みもとせの桃に於いては、東方朔却〓例にならひ、取迯缺落いたすべく候。(六樹園「儒家請の事」)
  • 「演自身の局部は回護の恐れがありますから——わざと論じません。かの金田の御母堂の持たせらるゝ鼻の如きは尤も發達せる尤も偉大なる天下の珍品として御爾君に紹介して置きたいと思ひます。」寒月君は思はすヒヤヒヤと云ふ。「然し物も極度に達しますと、偉觀には相遠御座いませんが少々峻嶮過ぎるかと思はれます。古人の中にいてもソクラテス、ゴールドスミス若しくはサッカレーの鼻杯は、構造の上から云ふと隨分申し分は御座いませうが、其の申し分のある所に愛嬌が御座います。鼻高きが故に貴からず、奇なるが爲めに貴しとは此の故でも御座いませうか。下世話にも鼻より團子と申しますれば、美的價値から申しますと先づ迷亭位の所が適當かと存じます。」……「是れから鼻と顏の權衡に一言論及したいと思ひます。他に關係なく單獨に鼻論をやりますと、かの御母堂抔はどこへ出しても耻かしからぬ鼻——鞍馬山で展覽會があつても恐らく一等賞だらうと思はれる位な鼻を所有して入らせられますが、悲しいかなあれは眼口其の他の諸先生と何等の相談もなく出來上がつた鼻であります。ジュリアス、シーザーの鼻は大したものに相違御座いません。然しシーザーの鼻を鋏でちよん切つて當家の猫の顏へ安置したらどんなで御座いませうか、喩へにも猫の額と云ふ位な地面へ英雄の鼻柱が突兀として聳えたら、碁盤の上へ奈良の大佛を据ゑ付けた樣なもので、少しく比例を失するの極其の美的價値を落す事だらうと思ひます。」(夏目漱石氏『吾輩は猫である』)