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第四 主として存餘の原理に基ける詞姿

 第三十三章 倒裝法

 七六 倒裝法は文法上、論理上の普通の順序を倒まにする詞姿である。換序法といつてもよい。感情の高まつて普通平正の形式に遵ひ得ざる場合を寫すに適した法で、國文に於いては、述部を前にし主部を後にするが最も多く行はるる倒裝式である。例へば、感情の高まつた場合に「彼れは愚なり。」と云はずして「馬鹿だ、彼れは。」といひ、「其の畵は妙だ。」と云はずして「妙だ、其の畵は。」といひ、或は「是れ師高が越度。」「何等の光彩ぞ、我が目を射むとするは、何等の色澤ぞ、我が心を迷はさむとするは。」「搖れぬ樣にやつてくれと、警部は更に人夫にむかつて諭吿した。護送掛は劍𣠽を握つて門外に立つた。吊臺は徐かに揚げられた。天白く星まばらに、風に梧桐あをぎりを動かして雞の聲が遠方近方をちこちに聞こゆる時。」といふ類ひである。此の法は奇警の原理に深い關係がある。

石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜かにて、熾熱燈の光の晴れがましきもやくなし、今宵は夜每にこゝに集ひ來る骨牌仲間もホタルに宿りて、舟に殘りしは余一人のみなれば(森鷗外氏『舞姬』)
何十萬といふ人間が、寄てつたかつて、自分達が押合ひ壓合へしあひしてる猫の額ほどのちいツぽけな土地を變改へんかいしやうと、一生懸命になつて石を敷かうと、草や木の根を絕やさうと、木を伐り倒さうと、鳥や獸を追ひ出さうと、石油や石炭の煙で空氣を濁さうと、春は矢張やツぱり春だ都大路の市中まちなかだからツても(內田不知菴氏譯、トルストイ『復活』)
印度もろこし我が朝に、つら〳〵昔の跡をとむらふに、憂き事にあひて世をのがるゝ類ひは多く侍れども、未だ聞かず悅びありて世を捨つとは。(西行『撰集抄』)
大將(德大寺の左大將實定)其の御所へ參り、先づ隨身を以て總門を叩かせらるれば、內より女房の聲にて、誰そや蓬生の露うちはらふ人もなき所にと咎むれば、是れは福原より大將殿の御上り候ふと申す。(『平家物語』)
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