第四 主として存餘の原理に基ける詞姿

 第三十三章 倒裝法


 七六 倒裝法は文法上、論理上の普通の順序を倒まにする詞姿である。換序法といつてもよい。感情の高まつて普通平正の形式に遵ひ得ざる場合を寫すに適した法で、國文に於いては、述部を前にし主部を後にするが最も多く行はるる倒裝式である。例へば、感情の高まつた場合に「彼れは愚なり。」と云はずして「馬鹿だ、彼れは。」といひ、「其のは妙だ。」と云はずして「妙だ、其のは。」といひ、或は「是れ師高が越度。」「何等の光彩ぞ、我が目を射むとするは、何等の色澤ぞ、我が心を迷はさむとするは。」「搖れぬ樣にやつてくれと、警部は更に人夫にむかつて諭した。護送掛は劍を握つて門外に立つた。吊臺は徐かに揚げられた。天白く星まばらに、風に梧桐あをぎりを動かしての聲が遠方近方をちこちに聞こゆる時。」といふ類ひである。此の法は奇警の原理に深い關係がある。