第四 主として存餘の原理に基ける詞姿

 第三十一章 皮肉法


 七三 皮肉法は又冷嘲法ともいふ。弱點を叙して人を嘲弄する詞姿である。正面より罵詈攻せず、裏面より反語せず、罵詈と反語との間を行つてき橫槍に人の腹をゑぐるのが此の詞姿の特質で、此の特質の自然の結果として其の言葉は必ず毒氣を含む。故に此の法は驕慢兒の鼻を挫き、僞善の面皮をぐに用ゐべくして、敎晦訓諭に用ゐべからざるもの、破邪に用ゐべくして顯正に用ゐべからざるものである。
 皮肉法に誹謗の意の顯はなるものと、表面上褒貶の意を表はさゞるものとある。誹謗の意顯はなるものとは、例へは、贅澤な外見坊みえぼうむかつて「高利貸の厄介にならぬ樣にせよ。」といひ、榮進する官吏に對つて「上官の御機嫌取りがつらいだらう。」といひ、「世の中にかほどうるさきものはなし、ぶんぶといひて夜も寐られず。」といひ、「鼻は仰向いて二階が火なくさいといふ、齒は反齒そツぱでの下をのぞかうとする。」といひ、「一昨日おとゝひおいで。」「明後日あさツてやらう。」といふ類である。顯はに褒貶せずして弱點を平叙するものとは、例へば富に對つて「金の御番が御苦勞樣だ。」といひ、語學に優れた人に「通辯になるによいでせう。」といふ類ひである。而して皮肉法の上乘なるものは後である。
皮肉法の好い例は、風來山人の作に於いて多く見ることが出來る。
 七四 皮肉法も反語法も眞面目なる所がありながら一種の滑稽で、く人を刺す滑稽、眞面目の底に隱れたる滑稽ともいふべきものであるが、情極まつて出づる皮肉、反語、及び滑稽、即ち他人ひとには可笑をかしく見えて當人には眞面目なるものを稱して哀戯(英語のhumorユーモア)といふ。左にぐる惡七兵衛景淸が妻小野の栲問の一の如きはそれである。