第四 主として存餘の原理に基ける詞姿

 第三十章 反言法


 七〇 反言法は眞意の反對うらうへ言立ことだてして正面に云ふよりも多くの効を收めむとする詞姿である。例へば、東といふべきを故らに西と云ひ、惡人といふべきをわざと善人といひ、可愛ゆい事を惡いといひ、呆れる事を「呆れもしねえ」といひ、死ぬることを「御目出たくなる」「往生の素懷を遂ぐる」といひ、或は「敎科書事件で金儲けした大敎育家に子弟を託して御覽なさい、立派な君子人が出來ませう。」「渡瀨河畔の農氏は足尾銅山の御蔭で鋤鍬を執る苦勞が無くなつたといつてお上の仁德に泣いて居る。」といふ如き、凡て反言法である。此の法は結體、朧化、奇警、變性等の諸原理にも多少關係して居る。
 反言法を逆語法及び反語法の二類に分かつ。逆語法は知識上の戯れに滑稽を弄び、或は物忌起の爲めに正言を避けるのみで、別に諷刺の意なきもの、反語法は諷刺暗誚の爲めに反言するものである。
 物忌起の爲めにする逆語とは、あしを「よし」といひ、なしを「ありのみ」といひ、を「髪長」といひ、死を「上坐あがります」といひ、臍の緖を切る事を「續ぐ」といひ、日蝕月蝕を「日はゆ」「月はゆ」(榮、映)といひ、失火を「水流れ」といふ類ひである。