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第四 主として存餘の原理に基ける詞姿

 第三十章 反言法

其の一 逆語法

 七一 逆語法の好い例は入間樣或は入間詞といふものに於いて見ることが出來る。古句に「夏の日を凉しといふや入間樣。」「白雪を黑しといふや入間様。」とある類ひである。『續狂言記』の「入間川」、大名が太郞冠者を供につれて歸國の途次、入間川にて里人に渡りを問ふ條に、大名が里人の言を表裏に取つて深みにはまつて大きに腹立ち、

シテ大名「最前に川の名を問へば入間川といふ。渡瀨はと問へば此處こゝは深い上を廻れと云ふ。總じて入間言葉には逆語さかさことばをつかふに依り、此處を深いといふは淺いと云ふこと、上へまはれと云ふは、此處を渡れと云ふことと心得て渡つたれば、諸侍しよざむらひに欲しうも無い水をくれた程に、成敗するぞ。 ▲入間「扨は足下こなたには入間言葉を好く御存じで御使ひなさるゝな。 ▲シテ「中々知つて居る。 ▲入間「何と成敗せうと仰せらるゝはぢようで御ざるか。 ▲シテ「中々定ぢや。 ▲入間「とてもの事に、御誓言で承りませう。 ▲シテ「何が扨弓矢八幡成敗致す。 ▲入間「やら心易や。ざツと濟んだ。 ▲シテ「是れは如何な事。成敗せうと云へば、あら心易や、ざツと濟んだといふわ。如何どうしたことぢや。 ▲入間「されば其の事ぢや。足下は入間言葉を御存じて御使ひなさるゝに依つて、成敗せうと仰せらるゝは、弓矢八幡成敗せまいと云ふことぢやと思うて、あら心易や、ざツと濟んだと申すことで御座る。 ▲シテ「これでほうとした。助けずはなるまい。 ▲太郞冠者「お助けなされだが好う御座りませう。 ▲シテ「これ〳〵我御料のいのちを、最早助けるでもおりないぞ。 ▲入間「身共が命を助けもなされねば、忝うも御ざらぬ。 ▲シテ(大笑有)「扨も〳〵をかしいことかな。やい〳〵太郞冠者、命を助かつて辱う無いと云ふわ。可笑しいこでは無いか。なんつて入間言葉を聞かう。これ〳〵此の扇は、京折きようをりもなけれども足下そなた進ずるでもおり無いぞ。 ▲入間「京折でも御ざらぬ扇を下されも致さねば、滿足にも存じませぬ ▲シテ(大笑有)「扨も〳〵可笑しい、物を貰うて嬉しう無いといふわ。これ〳〵此の太刀刀は重代なれども、るでもおり無いぞ。 ▲入間「重代でも御ざらぬ太刀刀を、下されもなされで、祝着にも存ぜぬ。 ▲シテ(大笑有)「のう〳〵可笑しや〳〵、何をやつても嬉しう無いといふ。太郞冠者もなんぞ遣つて、入間言葉を聞かぬか、 ▲「いや私は何も遣る物が御ざらぬ。 ▲シテ「ヤア此の上下小袖も遣つて、入間言葉を聞かう。さア〳〵ぬがせ〳〵。のう〳〵此の上下小袖は、水に濡れも致さねば、足下そなたへおまらするでもおりやらぬぞ。 ▲入間「これは結構にも無い上下小袖を、下されも致さねば嬉しうもござらぬ。 ▲シテ「又嬉しう無いと云ふ。扨も〳〵可笑しいことかな、入間言葉は面白い物かな。
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