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第四 主として存餘の原理に基ける詞姿

 第二十九章 接離法

 六九 接離法は一種の句讀法と云うてもよい、文法上切るべき所を續け、續くべき所を切つて趣味を添ふる詞姿で、漢文家の謂はゆる上字下讀而下字上讀するものである。例へば、文法上は「汝の言ふ所尤もなりさりながら思うても見よ。」と切るべき所を、「汝の言ふ所尤もなりさりながら思うても見よ。」とし、文法上「人心隔てぬ中の戯れは面白や。諸共に近くよりて語らむ。」と切るべき所を「人心。隔てぬ中の戯れは。面白や諸共に。近くよりて語らむ。」とする類ひで、讀み物、語り物、謠ひ物、朗讀、唱歌等、凡そ文章を美術的に讀むものにして此の詞姿を用ゐぬはない。義太夫語りの口上に「太閤記何段目。竹本筑後掾三味線鶴澤某。」と切り、日蓮僧の讀經に「此の經は無明の闇を照らす大法燈也。生死の迷を斷つ大利劍也南無妙法蓮華經南無妙法蓮華經。」と切るが如き、凡て此の法を應用したものである。老近松の文章の如き、此の接離斷續の趣に注意せずば、其の味はひの少なからざる部分が消え去るであらう。

辨慶詞「如何に申し上げ候ふ、靜の御參りにて候ふ。判官「いかに靜、此の度思はずも落人となり落ち下る所に、是れまではる〴〵來たりたる志、かへす〴〵も神妙なりさりながら。はる〴〵の波濤を凌ぎ下らむ事然るべからず。先づ此の度は都にのぼり、時節と待ち候へ。(謠曲「舟辨慶」)
夫れ高雄は、山うづたかうして、鸞峰山じゆぶせんの梢を表し谷。靜かにして商山洞の。苔をしけり。岩泉咽んで。布を引き嶺猿。叫んで。枝に。遊ぶ人里。遠くして囂塵きようじんなし。師跡。事なうして信心のみあり地形。勝れたり尤も。佛天を崇むべし奉加小なり。誰れか助成をせざらむほのかに聞く。聚沙爲しゆしやい佛塔ぶツとう功德くどく。忽ちに。佛因を感ず。况んや一紙。半錢の寳財においてをや。願はくは建立成就して。禁闕。鳳曆御顧ぎよぐわん。圓滿乃至都鄙。遠近里民緇素。堯舞無爲の。化を謳ひ椿葉。再くわいの。ゑみを披かむことはまた。しやうりやうゆい前後大小。速かに必ず一佛。眞門の臺に至り三身。萬德の月を翫ばむ。仍つて勸進修行の趣。蓋以如此。治承三年三月の日。文覺坊とぞ讀み上げける。(舞の本「文覺」)
三木の進は尙ほ仰天。本のとゝさまかゝさまが。なぜ棄てゝ下さんしたと。父母にすがり付き恨み。泣くこそ道理なれ。オヽ尤も〳〵。赤子に何のにくしみ有つて捨てはせぬ。(巢林子『室町千疊敷』)
一官兩手を上げてアヽ是れ〳〵。證據はそツちに有る筈。一とせ唐土を立ち退く時、成人の後形見にせよと我が形を繪にうつし、乳母めのとに預けおきつるが、老の姿はかはるとも面影殘る繪に合はせ、疑ひを晴れ給ヘノウ其の詞がはや證據と、肌に離さぬ姿繪を高欄に押し開き、柄付きの鏡取り出だし月にうつろふ父の顏、鏡の面に近々と寫し取つて引きくらべ、引き合はせて能く〳〵見れば繪にとゞめしは古の、顏も艶ある綠の鬢鏡は今の老いやつれ、頭の雪と變はれどもかはらで殘る面影の、目元口元其のまゝに我が影にもさも似たり。てゝ方讓りの額のほくろ親子のしるし疑ひなし。さては誠の父上か、ノウ懷かしや戀しや母は冥途の苔の下、日本とやらむに父上あらとばかりにて、便りを聞かむ知邊も無く東のはてと聞くからに、明くれば朝日を父ぞと拜み、暮るれば世界の圖を開き是れ唐士もろこし是れは日本、父は此處にましますよと繪圖では近い樣なれど、三千餘里の彼方とや此の世の對面思ひたえ、若しや冥途であふ事もと死なぬ先から來世を待ち、歎き暮らし泣き明かし二十年の夜晝は、我が身さへつらかりしよう生きて居て下さつて、父を拜む有りがたやと聲も惜しまぬ嬉し泣き、一官は咽せかへり樓門に縋り付き、見上ぐれば見おろして、心餘りて詞なくつきぬ、淚ぞあはれなる。(巢林子『國姓爺合戰』)

 句讀の断續長短は文法上、論理上より見るのみならず、修辭上、美術上、音樂上よりも見るべきものである。文法家の杓子定規で句讀法を一定すべからざること、右の例を見ても明らかである。

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