第四 主として存餘の原理に基ける詞姿

 第二十五章 擧隅法


 六二 擧隅法は一隅を擧げて四隅を知らしめ、一斑を示して全豹を察せしむる修飾、平易にいへば一部分を提示して全體を察せしめ、或は主體に關係ある事物をげて主體を察せしむる詞姿である。例へば、天保老人を「チョン髷がかうかうした。」というて、チョン髷の持主たる老爺全體を察せしめ、「雪白のカフスがさし招いた。」というて白いカフスを着けた紳士を表はし、「旭日の前に露消えぬ。」「斜十字の旗、日章旗の前に靡きぬ。」というて日本の勝、露國の敗を示し、「八雲立つ國」というて出雲にかへ、船中の人の泣けることを「こぞりて泣く。」といひ、ようといふべきを「ほのより鞍鐙を改めて美々しく粧はせ」といひ、酒飮むことを「日を暮らし夜を明かして盃くめり。」といひ、貧しき生活を「澁團扇にある暮らし」といひ、法華經の誓ひといふべきを「此の八軸の誓ひにて」といひ、勳功に對する賞與といふべきを「賊を捕へなば勳功は望み次第」といひ、天が下知ろしめす大君といふべきを「天下を守護し奉り」といひ、近松、馬琴の作を讀むことを「近松、馬琴を讀む。」といひ、酒客を「左きゝ」といひ、質屋を「土倉」といひ、秀吉を太閤、光圀をといふ類ひ、皆是れ部分によつて全體をあらはし、關係ある事物によつて主體をあらはすあやなし方である。事物の名稱、殊に敬語や綽名の如きもので、擧隅法によらぬは殆んど無い。くるまはるといふ一性質を取つて車と名づけ、をるといふ一特色を取つて硯と名づくる如き、其の居る所の一部を取つて陛下、殿下、閣下、閤下といふが如き、其の身體局部の特色によつて大頭公、獨眼龍と呼ぶが如き、皆之れを證據立てる。
 擧隅法は結體、朧化、奇警、順感等の諸原理にも關係して居る。元來、擧隅法は主體を言はぬところ或は言ひ盡くさぬところに味はひのあるもの、又言はず言ひ盡くさずして容易に察せしむるところに趣のあるものである。故に、其の提示するところはこれによつてよく主體を察知し得べきものでなければならぬ、詳しくいへば、主體の肝要部分或は主體に密接不離の關係のあるものを擧げねばならぬ。例へば、翼をげて鳥を指し、蹄を示して獸を察せしむるは擧隅その宜しきを得たるもの、足によつて鳥、頭によつて獸を察せしむるは不當なるものである。
音のは西鶴を眞似たのであらうが、同じ語を用ゐても文品が雲泥である。前の「車軸して」は面白いが、後のは「車軸さして」といふすがたにあるべきで、「車軸してたび給へ」では物になつて居らぬ。
 古語成句を引く際に、故らに其の一部分だけを擧げて他の部分を讀の想像に任すものも擧隅法の一種というてよい。例へば「雌伏」とのみ云うて雄飛の意を含ませ、「及ばざるが如し」だけ顯はして「過ぎたる」をかす類ひである。
思に在れば」をわざと省いて想像の餘地を殘したのである。『源氏物語』の引き歌の妙など、多く此の擧隅的引用の點にある。 備考 西洋の修辭書にsynecdocheシネクドキー(部法或は提喩法)及びmetonymyメトニミー(轉換法或は換喩法)といふ詞姿がいてある。前は言ひ表はすべき事物の一部分だけを示して全體を察せしむるもの、例へば「あのチョン髷の頑固さよ。」といふが如く、老人の身の一部分たるチョン髷だけをげて老人全體な推察さする類ひをいふ。後は言表の目的たる當の事物に換ふるに之れに關係ある事物を以てするもので、例へば、記號を實物に換へて、支那が日本に負けたといふことを「龍旭日の前に斃る。」といひ、所有物を所有主に換へて西洋人を碧眼といひ、原因を結果に換へて馬琴の小を讀む事を「馬琴を讀む。」といひ、材料を事業に換へて繪を丹靑といふ類ひである。西洋の修辭學、又之れを眞似た我が國の修辭學は、ね此の分類法に從つてシネクドキーとメトニミーとを分けてくが、思ふに是れは煩瑣な、不必要な區分で、兩方共に一部分をげて全體な察せしめ、一隅を擧げて四隅な知らしめる一種の省略的修飾と見る方が穩當簡便であると思ふ。例へば、旭章旗、龍旗は日本、支那の記號とはいふものの、又日本、支那の有する一部分、即ち日本、支那といふ觀念の中に含まるゝ一要素と見て差支なく、碧眼にいふまでもなく西洋人といふ語に含まるゝ一部分である。馬琴、丹靑、いづれも同一の理によつて明される。要するに、メトニミーはシネクドキーの中に含まるべきものである。本書に此の見地から二を一括して擧隅法と名づけた。
 ハーバート、スペンサーは讀者の心力の經濟といふ點から此の詞姿を明して“a fleet of ten sail”(十帆より成れる鑑隊)といふ文は“ten ships”(十隻の船)といふに優る、何となれば、單に「船」といへば靜止した船、船渠ドツクに在る船か讀に思ひ浮かべさせる憂へがあるけれども、「帆」といへば上航行の姿がありと思ひ浮かべられるからである、というて居る。要するに、擧隅法に主眼點をく明らかに示すと共に想像の餘地を存する爲めに用ゐらるゝものである。