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第三 主として增義の原理に基ける詞姿

 第二十四章 重義法

其の八 交叙法

 六一 交叙法は一事を寫すに、之れを他事の間に挾み、或は他事と綯ひ交ぜて寫す詞姿で、他聞を憚る事を餘所事に託して云ふ場合などに屢〻用ゐらるゝものである。此の法は雙叙法に似て居るが、雙叙法は一觀念に二事を託するもの、交叙法は二事相まじへて交〻寫すものなる點に於いて相違がある。例へば、

國姓爺こくせんやの道行念佛が所望ぢやと、杉が袖から報謝の錢、たツた一錢二錢で三千餘里を隔てたる、大明國への長旅は、あはぬだ佛あはぬだ〳〵〳〵ぶつぶついうて行き過ぐる。(近松『天の綱島』)

一錢二錢のはしたでは聞かされぬといふ事を國姓爺中の文句に撚りまぜたのである。

鎌田興さめ、囈言たはごといふは酒の科とも思ふぞかし、其の淚は心得ずと、不審立つれば父の庄司、かれめは幼き時より泣上戸と申すくせあつて、酒に醉へば吠えあがる、何も誠になされなと、紛らかすを幸ひと、アヽ泣上戸ぢや、これが泣かずに居られうかと、又しぼり上げ泣きければ、鎌田は前後心を知らず、扨々女のわるい癖と、笑ふ顏ばせつく〴〵見て、それ何にも知らず其の笑ひが尙ほ悲しい。けふの馳走の献立を知らずか、組肴のくみ手を定め、引ツ組んで刺身庖丁、さし通し〳〵、魚鳥の首うつて捨てるとの献立、二世をかねたる魚鳥の、首打たむとは情なや、精進の衆が有るとも、念佛申し落して、跡で回向の南無阿彌陀佛、跡に殘つた妻や子の、長精進して悲しむが、胴慾な祖父ぢい樣は面白からう。恨めしの世の中や、賴み難なの人心やと、せき入り〳〵伏し沈み、思ひを吿ぐる淚の色、鎌田はそれともしらま弓、ふち矢射るとは酒故に、氣のつかぬこそ哀れなれ。(巢林子『鎌田兵衞名所盃』)

鎌田の妻が料理の献立にからんで父なる長田庄司が義朝主從を殺す企てを吿げたのである。

ら衣つゝ馴れにしましあればる〴〵來ぬるびをしぞ思ふ。(『伊勢物語』)

五句の頭にかきつばたの五文字を讀み交へたる點に於いて一種の交叙法である。折句をりく履冠くつかむりなどいふ歌道の曲物きよくものも、皆交叙法の一種と見られる。

いつまで草のいつまでも、くだらぬ趣向のふでとりて、又三編はこじつけるとも看官けんぶつの興はあらじ、と否む詞も聞かばこそ、是非にと賴む發客はんもとに、なまなかまみえ物おもふ。されども例の懶惰なまけにて去年も竟に間に合はず、いづれ今年ことし發市うりだしにと、附きにいたる居催促、たとひせかれて程ふるとても、出來ぬ作なら詮方も、亡弟なきおとゝには繫がりし緣と思へば外ならぬ此の石渡いしわたが新板物、骨折甲斐のあれかしと、計るじせつの流行も、人氣に遇はゞ評判の猶ほ彌增るすゑをまつ。しかはあれども博物ものしりよその作者に引きかへて、在下おのれ拙作おへたなんとせう(式亭三馬『浮世風呂』跋)

俗歌を綯ひ合はせて興を添へたのである。

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