第三 主として增義の原理に基ける詞姿

 第二十四章 重義法

其の二 秀句法


 五四 秀句法はまた懸詞法ともいふ、一語に二つ以上の意義を兼ね表はさしむる詞姿である。例へば、「古の奈良の都の八重櫻けふ九重に匂ひぬるかな。」は九かさね、大宮の二義を兼ね、「時雨する稻荷の山のもみぢ葉は靑かりしより思ひそめてき。」は染め初めを懸け、「父と姥は走りより琶琵琴よりも御袖を、唯だひけや橫雲の、夜はまだ深し浦の名の、あかして御立ち候へ。」(謠曲「絃上」)ひけは琴彈く、袖引く、雲たなびくの三義を兼ね、あかし明石、明かしの二義をかぬる類ひである。名高き俊基朝臣の東下りの世にはやさるゝも、一つは「時雨もいたくもり山の」「誰れか哀れと暮の」といふ如き秀句あるが爲めであらう。其の他、「死なずともよかるべきらに身を投げて偏屈原の名を流しけり。」「靡く嵐の烈しきは花のあたかに着きにけり。」「釣のいとなみいつまでか隙もなみ間に明け暮れむ。」「金ずくめなる身の榮華、金の冠をきぬばかり、しやくは持病にありとかや。」など、いづれも秀句法を用ゐたものである。
 五五 秀句法を用ゐるには、成るべく本旨を助けるやうに、又妨げぬやうに言ひ懸けねばならぬ。源三位賴政の辭世と山吹の古歌とを比較すると、

戰敗の自殺は結果なきこと即ち實のならぬことで、之れを實のなるに言ひかくるは打壞うちこはしの嫌ひがある。之れに反して山吹の歌は「實の無き」「簑無き」兩々相和し相助けて歌全體が大いに引き立つて居る。
 秀句法は、思想も用語も上品でなければ卑俚猥雜に陷る傾きがある。「底意は何ともしらがの婆。」「恐れ入りやの鬼子母神。」「其の手はくは名の燒き蛤。」「誠に是れは困りいり豆山椒味噌。」といふ如き調子の低い秀句は、地口と稱せられて、とかく目の高い人に卑まるゝ。左にぐる三十一文字は試みに品格の高下に準じて配列したものである。