第三 主として增義の原理に基ける詞姿

 第二十二章 隱引法


 四六 隱引法は明らさまに斷らずして古語古事を自家の文中に編み込むものである。此の法は引用法を煎じ詰めたもので、二の關係は隱喩對直喩の關係に似て居る。此の詞姿は「何々曰はく」と斷らぬ故に、其の編み入れ蹈まへ用ゐた古事古語は、讀の知識程度の高下によつて、認めらるゝこともあり、看過さるることもあるが、認むるに對しては文品を高め文義を富ます効があり、認め得ぬに對しても注意をれしめぬ効がある。但し、隱引法は、本來、引用する古事古語に對する讀の知識を豫定して用ゐるものゆゑ、濫りに解不通のものを引いてはならぬ。此の詞姿は結體、朧化、存餘、融會、奇警、順感等の諸原理にも關係がある。就中存餘の原理に對する關係が最も深い。
 蹈まへた古事古語に、朧になりとも、想ひ及ぼさぬに對しては、隱引法の趣味が半ば以上失はるゝと云はねばならぬ。「歌よみは下手こそよけれ天地の動き出だしてたまるものかは。」(宿屋飯盛)の狂趣は、和歌は「力をも入れずして天地を動かし」といへる『古今集』の序文を思ひ浮かべずしては解しく、「それ辭世さるほどにさても其の後に殘る櫻の花し匂はゞ。」といへる近松の辭世は、古淨璃瑠の劈頭に「さるほどにさても其の後」の常套文句のあつた故事を知らぬに對しては意味なき文句となる。白河樂翁公が夜霰の歌、 は、實朝の歌を知つて始めて面白く、西鶴が「今日は若草山の茂りを眺め、暮れては光ある飛火野、今幾日過ぎて京に歸るも惜しまれ」(『一代男』)の句は『古今集』の「春日野の飛ぶ火の野守出でて見よ今幾日ありて若菜摘みてむ。」を想ひ起こして始めてうなづかれ、謠曲「鞍馬天狗」の「花咲かばげむといひし」の名句は源三位賴政が「花咲かばげむといひし山里の使は來たり馬に鞍おけ。」の歌と比べて一入の趣味を感ずる。ほ隱引法の例を左にげる。

『源氏物語』須磨の卷なる「一人目を覺まして、枕をそばだてゝ四方の嵐を聞き給ふに、波ゞこゝもとに立ちくる心地して、おつとも覺えぬに枕浮くばかりになりにけり。」の名句を編み込んだのである。

  • 月やあらぬわが身一つのかげ法師。(松永貞德)
は伊勢物語の「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして。」によれるもの。
  • 春はあけばの。やう白くなりゆく洗粉に、ふる年の顏を洗ふ初湯の煙、細くたなびきたる女湯の有樣……(式亭三馬『浮世風呂』)
は『枕の草紙』の卷頭の句をあてこんだもの。
  • 山は裂けはあすれど、さらに二心なかりけるいさをしの、天つ空まで聞こえあげたりし名には、名だたる葛城の高峰の雲も、いゆき憚る心あるべし。(下河邊長流「楠正成が傳の賛」)
實朝の歌に「山は裂けはあせなむ世なりとも君に二心われあらめやも。」、『萬葉集』富士山の長歌に「天雲もいゆきはゞかり」とあるなどより來て居る。
  • 芭蕉は一俳人也。されど、五十年の生涯を自然の仰にさゝげて、あるは奧羽象潟きさがたの時雨に腸を絞り、あるは佐渡北の荒波に魂を削りて、一樹の假の宿りにも、とくの雫結びもあへず、放魂そゞろに枯野の風雲を追へりし彼れが姿をしのぶもの、誰れか、そのたましひに鐫られたる「實」の一字を否むべき。彼れは自ら謙して、花鳥に情を役して、この一すぢにがるといへり。しかも行々かうしば大自然の幽玄の一路に分け入りて覺えず下りしその意識よ。あはれ彼れは趣味の門より入りて趣味の太源に道交しぬ。かくの如くして彼れの俳はじめて俗ならず、浮ならず。こゝに芭蕉の宗敎ありといふ、これをしもわが好める筋に佞したる言なりといふべきか。(綱島梁川『病閒』)
處々に芭蕉の文句が匂はされて居るが、殊に「とくの雫」「枯野の風雲」の二句の如きは『野ざらし紀行』中の「かのとくの淸水は昔に變はらず見えて今もとくとくと雫落つる。露とくこゝろみに浮世すゝがばや。」及び辭世の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る。」などを思ひ浮かべねば味はひの大半は失はれて了ふであらう。
 引用法、隱引法は一つの文章の中に併せ用ゐらるゝ、而して巧みに併せ用ゐれば文の趣致が一加はつて來る。馬琴が「堪忍の箴」など、其の例である。

 四七 世に謂ふ『鸚鵡返』は隱引法の一種である。鸚鵡返とは成文の小部分を改めて別義をなさしむるもので、原文を蹈まへて作るもの、原文を想ひ浮かべて始めて味はひあるもの、而も顯はに原文を斷らぬものなる點に於いて隱引法に屬すといはれる。例へば「知らせばや月うちふけて寒き夜に逢はで空しく歸心を。」と男の讀んで送れるに、女の「知らせばや月うち更けて寒き夜に逢はで空しくかへ心を。」(『阿佛抄』)と返したる、太閤が初夏有馬温泉に浴した時の落首「太閤が病有馬の湯に入りて命はなしの花と散りける。」を曾呂利新左衞門が「太閤が命有馬の湯に入りて病は梨の花と散りける。」と改めたる、ある年の元旦に、信玄より「松枯れて竹たぐひなき朝かな。」と讀んで家康に送れるに對し、家康より「松枯れで武田くびなき朝かな。」と返したる、いづれも謂はゆる鸚鵡返である。此の語はもと應答の場合にのみ用ゐられたが、今は應答以外にも用ゐられる。
  • 或やんごとなき君の御前にて人々物語りしける時に、守の殿のたまはく、近頃季鷹が狂歌に「我が耳の遠くなりしは年を經て聞こえぬ歌をよみしむくいか。」とよみしは、いと面白しとのたまひければ、御前に居たる醫師くすし某の年老いたるが、さばかりの歌おのれも讀み侍るなり、さまで譽めさせ給ふべきにあらずといへば、かの殿、さらばよめとのたまふに、かの醫師くすしが取りあへず、
    • 我が耳の遠くなりしは年を經てきかぬ藥をもりしむくいか。
    といひければ、むらいの罪をも咎め給はず、こよなう入興し給ひけり。(齋藤彦麿『傍廂』)

 四八 謂はゆる換骨、胎、洗臟、剽竊、襲踏、燒直、等も亦、いづれも隱引法に關聯したものといはれる。古文の趣向或は用語の一部分を採り入れながら原作のとは異なる趣致風格を具ふる文章を作り成すことを換骨、胎或は洗臟といふ。古文を引くにはあらで、密かに古文を採り用ゐて我が物顏するを剽竊といふ。古文を眞似して猿眞似に終はり、古文の形式を守して自家特得の風格を發揮し得ざることを襲踏といふ。古文を種にし之れを補綴し增減し離合せしめて遂に原文に及ばざるものを燒直と云ふ。換骨胎は文章家の名譽とする所、剽竊、襲踏、燒直は其の恥辱とする所、殊に剽竊は一種の破廉恥罪である。此の五はいづれも隱引法に密接の關係がある。換骨胎は原文を知らずしても妙、知れば更に妙なるもの、剽竊は知られぬ中が花で、其の成句たることが一たび知られ面皮をがるれば世に顏向けの出來ぬもの、而して襲踏、燒直は換骨せむと企てゝ原文に及ばざるものである。故に古文を引いて成功するは之れによつて我が文の品位を高め趣味を豐かにし得る場合、及び換骨胎の妙を成し得る場合に限る。
 換骨胎の文は和東西、其の例に乏しからぬ。芭蕉が「夏草やつはものどもが夢のあと。」の意を取つて加藤宇萬伎が「ものゝふの草むすかばね年ふりて秋風寒し桔梗きちこうが原。」と讀めるが如きは一種の換骨といふべく、芭蕉の「枯枝に烏のとまりけり秋の暮。」を以て西行法師が鴫立澤の歌「心なき身にも哀れは知られけり鴫立つ澤の秋の夕暮。」の意を取つたとすれば、胎の妙を極めたものである。近松が「風前燈」の古句を「あがつた土器かはらけに燈心一つとぼいて風吹きにおくやうなもの」とし、石曼卿が雪の詩の聯句「蝶遺紛翼拾、鶴墜霜毛散未轉。」を「蝶のつばさの白粉おしろいを、草にこぼして梢には、鶴の霜毛をぎかくる、雪は花より花多き。」と言ひなせる、共に換骨の妙なるものである。長篇についていへば、馬琴が『八犬傳』の『水滸傳』に於ける、上田秋成が『雨月物語』の『聊齋志異』等に於ける、いづれも換骨胎の妙なるものである。剽竊、襲蹈、燒直の例は謠曲に對する近松以前の淨瑠璃、近松の作に對する近松以後の淨瑠璃等に於いて多くの例を見出だすことが出來る。燒直の醜さは左にぐる『源氏』の雨夜の品定めとそれを摸倣し元古淨瑠璃の一とを比較すれば明らかである。
  • 取る方なく口惜しききはと優なりと覺ゆばかりすぐれたるとは、數ひとしくこそ侍らめ。人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隱るゝも多く、自然じねんに其のけはひこよなかるべし。中の品になむ、人の心々おのがじしの立てたる趣も見えて、わかるべき事かた多かるべき。下のきざみといふきはになれば、ことに耳立たずかしとて、いと隈なげなる氣色なるも床しくて、その品々や如何に、いづれを三つの品におきてか分くべき。もとの品高く生まれながら、身は沈み位短くて人なき、又直人なほびとのかんだちめなどまでなり上りたる、我れは顏にて家のうちを飾り、人に劣らじと思へる、その差別けじめをばいかゞ分くべきと問ひ給ふ程に、左の馬のかみ、藤式部の丞、御もの忌みに籠もらむとて參れり。(『源氏物語』帚木の卷)
  • (はつせは)さにこそあれとうなづきて、とてもの事に男の品のよしあしを、なにはにつけて方々かたが思はく語れとありければ、玉代はえたりかしこげに顏さしむけて申すやう、總じて世に有る殿だちの、中にすぐれて是れよりはうへあるまじと思はれて、上々品の上人と至つてあしき人せいの、みだれ才がき口惜しく、なはにもかづらにかゝらずして、取り所なきしれ人のずんと阿呆と賢いと、右二品の人じゆはまれなる事に候へば、只だ中分こそ多かめれ。貴人きにん高位に生まれあひ、又は家富み榮えては、少々あしき事共をわきめもゆるす世の習ひ、うつけがましき物いひもそこ分別が有る人と、追從いふもをかしやな。素生けだかき人ながら衰へはてゝ世のたづき、よろづ足らはぬ身と成りて、もとの心はかはらねど、へつらふ樣にわろびれて、育ちがらとていとをしやとあはれがらるゝ其のしなと、又直人なおびとの成りあがり、我れは顏にて家の内飾り立てたる物ずきを、他に劣らじとつくれども、世上の噂さがなくて、昨日今日までさまあしくありしものをと沙汰するも、差しあたりたる仕合のよいにつれては何事も、いひおとすべきやうなきと、いづれけぢめのあるやらむ、定め給へと口々に人事いはゞ目しろおけ、誰れやら人の足音のそろりとくる人を見ればお針の小菊也。(『信田小太郎』林子作と稱す)
なまなか古文を眞似ることの愚かさは是れでもわかる。要するに、古文を摸するからには之れを凌駕するつもりでかゝらねばならぬ、少なくとも我が主位を犯されぬやうにせねばならぬ。