第二 主として朧化の原理に基ける詞姿

 第十八章 稀薄法


 四一  『徒然草』にいふ、「和歌こそほをかしきものなれ。あやしの賤山がつのしわざも、いひ出づれば面白く、おそろしき猪のしゝも臥猪の床といへばやさしくなりぬ。」これは和歌のみならず文章全體についても言ひ得べきことである。賤しき事、醜き事、穢き事も、言ひ方によつて美はしくなり、氣に障る事、感情を害する事も、詞をあやなせば心を慰むるやうになる。而してかく醜きを化して美はしからしむるものが朧化の原理に基ける詞姿である。朧化の原理に基ける詞姿を大別して稀薄法、美化法、曲言法の三種とする。
 四二   稀薄法はき酒精に水を和して口あたりよくするが如く、人の感情にく中たる事物を薄く、淡く、ぼかして寫すものである。具體的なるを抽象的にし、殊語に換ふるに汎語を以てし、現用語に換ふるに古語を以てし、邦語に換ふるに外國語を以てし、語全體を曰はずして一部を擧げ、故らにすることを自然にある事のやうにいひ、下級の感覺を上級の感覺によそへる等は、稀薄化する方法の主なるものである。例へば盜みしたことを「稼ぐ」或は「密かに物し侍り。」といひ、酒飲むことを「いつもの酒を愛しけり。」といひ、嘔吐したるを「跡に得ならぬもの吐きかけ」といひ、博奕を「手慰み」といひ、殺すことを「我が子を夢となしにけり。」といひ、金を借る時に「を貸せ」「エム御都合下され。」と云ひ、恥づかしを「お文字樣」といひ、質屋を「七つ屋」、質おくを「曲げる」、賄賂を袖の下臺の上と云ひ、逢ふ事を「見える」、泣く事を「曇る」といひ、「わりなき御情にあづかり」「孫紫は十二なれど其の心、未だ無下に幼く」「寳日上人瀧の下にてかくれ所を洗ふ。」(西行)と云ふ類ひ、皆此の詞姿を用ゐたものである。
  • シテ「それは、何より易い事で御ざる。出家の役で御ざる。參らう。さりながら、若し身共が得參らずば、どれなりとも外の長老しゆうを下す爲めぢやが、は何程なさるゝ。 ▲アドとは何で御ざります。 ▲シテ「はて。は。 ▲ア「あゝ、合點がてん致しました。御布施の事で御ざるか。 ▲シテ「中々、其の事。 ▲アド「それは。五百疋致しましよ。(狂言「泣尼」)
  • 「名譽の是しやで御座る。此の間あたりの若いと寄り合うて、鹿の角を揉む程に、繩に綯ふほど致いて御座れば、散々揉み損うて、家一跡は申すに及ばす、女共が身のまはりうち込うで御座る。……此の小袖をつて行つて取らしたら、喜ぶで御座らう。先づとつて歸らう。(狂言「子盜人」)
  • でも相手が立派な商人か何かだと、取次えがしてい。伯父さんの先生、そんな時には、ふうと二つ返事で、早速御通し申せと來る。上機嫌だ。其の代はり其樣そんな客の歸る所を見ると持つて來た物は屹度持つて歸らない(二葉亭『平凡』)
  • 「ムウ旨い香ひがすることかな。ハテ氣の毒な、あとへは足がれど先へはつんと行かれぬ。ムウ行かれぬこそ道理なれ、若鼠殿を油でとろりと揚げをつた。せめて杖の先につけてなりともうて見やう。ムウ旨さうな香ひの、これはどうもこたへられぬ、飛びついて食はうか。(林子『天皷』)
  • ほんに昨夕ゆふべ御出でなされたら餘所からお萩が來たものをと、追從いはゞ助かると下女が心ぞ憐れなる。同類共居流れて思ふさまにひながら、ヤレ女めやかましいとめつくれば、あの樣達の目元はいごきの中から人見さんす、ぬもじ樣のこんぽんぢや何も無くとも能うあがつて下されませ。(林子『傾城吉岡染』)
  • あら有りや候ふ。や、花の香の聞こえ候ふ。いかさま此の花散りがたになり候ふな。 ワキ「あう是れなる籬のの花が、弱法師が袖に散りかゝるぞとよ。(謠曲「弱法師」)
  • 「中々、賣つて進じませうが、好い酒か、惡しい酒か、私が聞いて見ずはなりますまい程に、一つきかせて下されい。(狂言「伯母酒」)

 伊勢齋宮の忌詞に佛を「中子なかご」といひ、經を「染紙」と云ひ、寺を「瓦葺」、死を「直る」、病を「やすむ」、泣くを「鹽垂る」、打つを「撫づ」といふことがある。『人國記』によれば昔の越後人は痛いことを「痒し」と云うたとぞ、是等は皆稀薄法によつたものと云へる。此の詞姿は存餘、融會、奇警、順感等の諸原理にも多少關係して居る。