第一 主として結體の原理に基ける詞姿

 第十七章 詳悉法


 四〇 詳悉法とは隙間なく殘る隈なく叙する詞姿をいふ。凡そ文章を爲るには書くべきだけの事は落さずに書かねばならぬ、書くべき事をもわざと省くをこそ詞姿とはいふべきで、詳かに寫すことは特に詞のあやの樣式とするに足らぬ筈である。が、茲に詳悉法といふは、當の事物を活現してありと感ぜしめむが爲めに必要以上と思はるゝほどに詳しく叙することである。例へば、同じ事を表裏より二重にいて「有つて邪魔、無い方が爲めになる書籍。」「なまなか女の味方一人有つて益なく無うて事かけず。」といひ、「東より西より南より北より、乾より坤より巽より艮より、無數の軍兵駈け集まる。」と云ひ、佛の功德の大なることを譬へて「密雲彌布して遍く大千世界を覆ひ、一時に等しくそゝぎ、其のうるほひ普く卉水叢林及び諸、の藥草、小根小莖小枝小葉、中根中莖中枝中葉、大根大莖大枝大葉を洽すが如し。」と云ふ類ひである。此の法は過去の時代をありと寫さむとする場合、宗敎上の恐怖心、歸依心を起こさしめむとする場合などに用ゐてしき効力がある。此の詞姿は主として結體の原理の上に立つて居る。
『法華經』隨喜功德品に其の功德をいて、須臾ちよツとでも此の經を聞いたは、
といへる如きは詳悉法の好い例である。
 我が國の文章には、國文脈のも文脈のも、共に、口調の爲めに事實を犠牲にする傾きがあり、從つて、精細詳密なる叙述をなすに適せぬ傾きがある。此の點に於いて參考すべきは西洋の文章、佛敎の經文等である。又近來の小や寫生文などに見るが如き精密なる描寫法も一種の詳悉法と見ることが出來る。
 主として結體の原理に基礎をおく詞姿は右にて略講じ了へた。是等の外、引用法、隱引法、咏法、反覆法、擬態法、情化法、押韻法等も多少結體の原理に關係して居るが、皆後の主屬の原理の部に於いて明する。