第一 主として結體の原理に基ける詞姿

 第十三章 抑揚法


 三五 抑揚法とは先づ抑へて後に揚げ、或は先づ揚げて後に抑ふる法をいふ。案ずるに此の語には褒貶口調の緩急との二義がある、褒貶の意味でいへば、抑揚法とは、稱へむが爲めにわざと先づじ、或はぜむが爲めにわざと先づ稱ふるもの、口調の緩急の意味でいへば、緩やかに伸んびりした調子の文句の後に急激な引き締まつた調子の文句を置き、締まつた句の後に伸びやかな句を續けるもので、共に文家の好んで用ゐる法である。此の法は、性質の相反したる事を前後相對せしめて映發の効果を收むる點より見れば一種の對照法といぶべく、後に來たる抑揚の不意に出づる點より見れば一種の飛移法といふべく、非の言に交ふるに稱美の言を以てして人の感情を和らぐる點より見れば一種の曲言法といふべきものである。其の例、 或はシェークスピーアの悲劇『ジュリアス、シーザー』の中、ブルータスがシーザー殺害の理由を明した演に、「余がシーザーを害したるは、シーザーを愛することの少なかりしが爲めにあらずして、シーザーを愛するよりも一羅馬を愛したるが爲めなり。諸君はシーザー死して吾等がすべて自由の民と生くるよりも、シーザーが存命ながらへて吾等がすべて奴隷と死するを選ばるゝか。シーザーは余を愛せしが故に、余は彼れに對して泣けり、彼れは幸運なりしが故に、余は之れを喜びたり、彼れは勇敢なりしが故に、余は彼れを敬せり、然れども彼れに野心ありしが故に、余は彼れを殺せり。彼れの愛顧に對してはあり、彼れの幸運に對しては喜びあり、彼れの勇氣に對しては尊敬あり、而して彼れの野心に對しては死ありしのみ。」とある如き、此の詞姿を最も有効に用ゐみたものである。
 三六 文家は好んで抑揚と相並べて頓挫といふ文飾をく。頓挫は意義の曖昧な語であるが、唐彪は『讀書作文譜』に之れを明して、抑揚は先づ抑へて後に揚ぐる也、頓挫は先づ揚げて後に抑ふる也といひ、又、文章一氣直行にして飛動の致なきを救はむが爲め、一二語を用ゐて之れをとゞめ以て起勢を作すをいふと言つて居る。之れに據れば、頓挫は口調の上の揚抑法ともいふべきもので、手近き例を取れば『徒然草』の「花はさかり」の段の一、 など、滔々と伸びやかに長々と續けて來たのを「大路見たるこそ」の短切なる一句に然文路を轉じて勢を起こした所、正しくそれに當たる。