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第一 主として結體の原理に基ける詞姿

 第十一章 現寫法

 三二 現寫法とは過ぎ去つた事、將來に起こるべき事を現在目前の事の如く言ひ做す詞姿である。形式上より云へば、き、けり、ぬ、つ、等の過去働詞、らむ、べし、まし、等の未來働詞を用ゐべき所に現在働詞を用ゐて、隔世の事柄を讀者の心眼に活躍せしむるものである。凡そ人間の性として、情を激する事物に對しては、之れを回顧する場合にも、豫想する場合にも、かけ離れたものとは見ずして眼前の活事實のやうに思ふが常である、從つて人をして過去未來の事を活き〳〵と感ぜしめやうとすれば、自然に之れを眼前脚下の事の如くに言ひ做す。現寫法の起原は茲に存する。
 現寫法の目的は遠きを近くし、薄きを濃くして、當の事實をあり〳〵と結體せしむるにある。故に此の詞姿は存餘、融會、奇警、順感、變性等の諸原理にも多少關係しては居るが、主として結體の原理の上に立つて居る。
 過去を現在に言ひ傚すとは、例へば、過去の戰を記して「天明けたり、曉氣淸し、全軍肅々として敵壘に向ふ、午前五時を報ず、進め擊て!の命令あり、喇叭の聲起こる。」といふたぐひ、未來を現在に言ひ做すとは「首尾よく露國を破りおほせやうか、西洋人は日本を硏究し初める、我れの長所を見出だす、我れを學ぶ、遂には我れを凌駕せむとする、是に至つて吾等の使命は一段と重くなる。」の類ひ、書翰文に「參上致すべく候ふ。」と未來にいふべきを「參上致し候ふ。」といふなども、其の一種である。

「オヽ、嬉しい、是れも其方そなたの爲めぢやぞや。それにつけて、狐の執心深い謂はれを、語つて聞かせう。 語り「抑〻、狐と申すは、皆神にておはします。天竺にては、斑足はんそく太子の塚のしん大唐だいとうにては、幽王の后と現じ、我が朝にては稻荷五社の大明神にておはします。昔鳥羽院の御代の時、淸凉殿にて、御歌合の御會のありし時、エイその如くなる大風吹き來たり、おん前なる四十二の燈火ともしび、一度にはら〳〵ぱツと吹き消しければ、東西俄かに暗うなる御門みかど不思議に思召し、博士を召し占はせられ給へば、安倍の泰成參り申し上ぐるは、是れは變化のものなり、祈らせいとありければ、承ると申し、四方に四面の壇を飾り、五色のへいを立て、祈らせらるゝ。玉藻の前はこれを見て、御前にたまり兼ね、御幣を一本おつとり、下野の國那須野の原へ落ちて行く疎略おろそかにしては叶はじと、上總介、三浦介に仰せ付けらるゝ。其の後兩人御請を申し、那須野の原へ下着す。四方を取り卷き、百疋の犬を入れ、遠見とほみ檢見けんみを立て、呼ばはる。遠見申すやう、胴は七尋、尾は九尋の狐にてありしが、まはり八丁おもてへ見ゆると、のう、恐ろしい事の。其の時三浦の大助おほすけがひようと射る。次ぎの矢を上總の介がひようと射た。かの狐を、終に射止めた。其の執心が大石たいせきとなつて、空を翔る翼、地を走る獸、人間を取ること數を知らず。かやうの恐ろしきけだものなどを、わごりよ達賤しき分にて、釣り括る事、勿體無い事。かまへて思ひ止まらしませ。(狂言「こんくわい」)
辨慶詞「扨も八島の合戰かせん、今はかうよと見えしに、門脇殿の二男能登の守敎經と名乘つて、小船に取り乘り磯まぢかく漕ぎ寄せ、如何に源氏の大將源九郎義經に、矢一筋參らせむ受けて見給ヘと罵る。かう申す各〻を始めとして皆御矢面に立たむとせしが、何とやらむ心おくれたりし所に、繼信は心まさりの剛の人にて、馬のさきにかけ塞がつて、義經これに在りやとてにツこと笑ひて扣へたり。扨其の時に敎經は、引き設けたる弓なれば、矢坪を指してひようと放つ。過たず繼信が着たりける、鎧の胸板押しつけ上卷、かけずたまらずつツと射通し、後ろに扣へ給ふ我が君の御着背の草摺にはツ花と射留む。扨其の時に繼信は、馬の上にて乘り直らむ乘り直らむとせしかども、大事の手なれば堪へずして、馬より下にどうと落つ。やがて我が君御馬を寄せ、繼信を陣の後ろにかゝせ、如何に〳〵と宣へども、たんだ弱りに弱つて終に空しくなる。なんぼう面目もなき物語にて候ふ。(謠曲「攝待」)

 右の二例は共に過去を現在に言ひなしたものである。現寫というても徹頭徹尾現在の詞のみを用ゐねばならぬといふのではない、或は前に過去と斷つて後を現在にし、或は始めに現寫して末に過去と斷り、或は二者交〻せしむる等、いろ〳〵に取りまぜた方、却つて文に趣致を添へる。未來を現在に言ひ做す方も同樣である。前なる二例及び次ぎの一例は、それぞれ現在法に過去法、未來法を取りまぜたものである。

今のあらそひ一々つぶさに立ち聞きす扨うろたへたるせり合ひ、兄は親王を討つて御母を助けむといふ、弟は御母はともあれ御子親王を助けむといふそも何といふあらそひぞ。たとへば右左兩の手に、白黑の石を持ち、ひとりして碁を打つて勝負をあらそふ如く、千番打つても勝負なく瞭つひやしの無駄ごと、親を殺せ助からむといふ子も有るまじ、子を殺させてながらふ親はなほあるまじ。よツく聞け唐土もろこしに麝香といふ獸あり、此のほぞ匂ひ龍腦りうのうにもまさり藥ともなつて、莫大の價あるゆゑ、狩人これを殺して臍を取る。靈妙の獸なれどもさすが畜生のあさましさ、臍さへなくは我が命は取られじとおのれが爪を以て、おのれが臍を割き破り終に空しくなるゆゑに、臍もからだも共に狩人の手に渡るまづ其の如く、親を殺せば子も死ぬる子を殺せば親も死す、忠にもあらず義にもあらず、武道にあらねば文道になほそむく。無益むやくの問答せむよりは御母持統天皇も、御子夏仁親王も共に助け奉る道理、目前にあるを知らざるは麝香の猫も同然の愚鈍者、布引が子共といはれうか。(近松『持統天皇歌軍法』)

正しく文法的にいへば「子も死なむ」「親も死せむ」とあるべきを現在にしたのである。
 誇張法と同じく、現寫法にも主觀的自然が最も大切である。文字の上だけのわざとらしい現在化は、何等の効力も無いのみならず、往々にして徒らに稚氣を示し、文の趣致品位を傷つける。凡て誇張、現寫等、熱情を基とする文飾は、とかく矯飾に流れ易い傾きがある故に、成るべく節用せねばならぬ。用ゐた方か、用ゐぬ方か、怪しいのは、大抵の場合見合はせた方がよい。徹頭屋ひたおしの過去法にもいふにいはれぬ味はひのある事は『古事記』などの明らかに證する所である。

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