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第一 主として結體の原理に基ける詞姿

 第八章 問答法

 二八 問答法とは、作者が第三者の位置から平叙せず、二人以上の人物を點出して問答せしむるもの、例へば謠曲「羽衣」に

天人「のう其の衣はこなたのにて候ふ、何しにめされ候ふぞ。」 漁夫「これは拾ひたる衣にて候ふ程に、取りて歸り候ふよ。」 天人「それは天人の羽衣とて、たやすく人間に與ふべき物にあらず。本の如くにおき給へ。」 漁夫「そも此の衣の御ぬしとは、さては天人にてましますかや。さもあらば末世の奇特にとゞめおき、國の寶となすべきなり。衣を返すことあるまじ。」

とある類ひをいふ。従來の定義はかうであるが、案ずるに、問答體の文章を悉く詞姿と見做すのは、餘りに廣きに失する嫌ひがある。若し、問答體が單に其の形の問答式なる故を以て詞姿といはれるならば、平叙體も亦同じく平叙式なる故を以て一の詞姿と云はれるであらう。此の理由により、吾輩は問答法の意義を狹く限つて「二個以上の說或は道理を並べ說く時に其の主張者を假設して問答せしむる詞姿」と定義しやうと思ふ。例へば「戰後の施設に關しては、甲說をも乙說をも立て得る。」といふ代はりに、「茲に某氏あり甲說を主張せむ、然らば乙氏は難じて云はむ。」といふ風に叙するもので、これが空理を具現するに有力なることはいふ迄もない。架空の人物に託して自說を吹聽する等は狡猾なる論客の屢〻用ゐる手段である。

文化十一年正月むつき下澣しもつかた、廻國の頭陀あり、上總より到る。一日著作堂の松の扃を敲きて主人に對面を請ひ、翁の相識しるひと某甲なにがし紹介ひきつけ手簡しよかんを齎らしたり、枉げて對面を許させ給へと、連りに請うて已まざれば、主人已むことを得ず、書齋に召容よびいれて對面す。主客の坐定まりて其の紹介の書翰を問へば、頭陀答へて、否其の書翰は候はず。翁は未だ知らざる者の、只だ名を慕うて訪ひまつるに、相識の紹介なければ面し給はずといはるゝにより、しばらくこれを僞るのみ。といふを主人は聞きあへず、そはまた調戯たはぶれに過ぎたるならずや。浮屠家ほとけの五戒に、妄語を一戒とす、和僧は已に破戒の罪あり、吾れ何をか聞き何をかいはむ、已みね已みねとたしなめて、立たまくするを頭陀推禁おしとゞめて、翁まづ怒を治めて、吾がいふ由を聞き給へ。妄語は五戒の一なれども、妄語に亦二つあり。或は佯りて利をほりし、又いつわりて慾を遂げ、或は妄誕そらごとをもて人の中を裂き聖賢佛菩薩をしひる者は必ず是れ人に害あり、佛の所謂妄語是れ也。又小兒ちごおどすが如く、實言まことならねど人の惡を懲らし、或は佯りをもて人の怒を解き、いつはりをもてよく人を諫むる者は、是れ善巧方便にて佛の所謂妄語にあらず。譬へば、翁の物の本を作り給ふに、必ず勸善懲惡を旨として、よく蒙昧を醒ますが如し。こも亦善巧方便のみ。るを翁は思はずして、我等われらを破戒と罵り給ふは、是れ誣言しひごとに非ずやと、詞急迫せはしくいひ解けば、主人は聞きつゝうち笑ひてよしこれはいはれたり。(馬琴『八犬傳』回外剩筆)
隋の煬帝松下の禪尼に向つて曰はく、「我れ新たに宮殿樓閣を築き玉のいさごに金銀をちりばめ、屛風襖に至るまで善つくし美つくし侍れど、只だ心にかなはぬは障子の物好なり。吉田の兼好が書きおきし徒然草を見れば、そのもとは障子をはりて名を得られし御功者なれば、相談を申す也。何を以て張りなば可ならむや。」 松下の禪尼答へて曰はく、「我が了簡を以ていはゞ、萬代も破れず、しかもあかり勝手よく、暗からぬ物を選みて張り給へ。」 煬帝の曰はく、「鐵を以て張りなば永く破るゝことなしと雖も、暗くして物の色わからず、黃金を伸べて張りなば鐵よりは明しと雖も、人之れを盜まむ。硝子びーどろ薄絹を以て張りなば明りはよしと雖も、暫時の中に人之れを破らむ。我れ此の工夫に寢食を忘れて苦しめり。」 禪尼が曰はく、「鐵黃金にて張り給はむとも、何ぞ永く保たむや、君が奢り即座に破るべし。硝子びーどろ薄絹にて張り給ふとも、何ぞ明るきことあるべき、君を迷はす女色佞人眞黑にくらますべし。障子の破るゝは厭ひ給へども、國の破るゝは知り給はずや。……障子はおろか、鐵の城廓でも、おごり大力ちからで押す時は、手間も隙も入らず、只だ一押しに破るゝなり。君も障子の明り勝手よきやう、長久に破れぬやうに思ひ給はゞ、儉約を以て張り給へ。一人儉を知る時は一家富み、王者儉を知る時は天下富むといへり。」(脇坂義堂『御代の恩澤』)

前のは自說を頭陀に託し、頭陀との問答によせて氣焰を吐いたもの、後のは煬帝と松下禪尼との問答に託して節儉の敎を具體にしたもの、而して二者共に問答式詞姿によつて平叙文の收め得ぬ力と味はひとを收め得たことは明らかである。韓退之の「進學解」なども、國子先生と書生との問答に託して氣㷔を吐いたので、此の詞姿の應用である。

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