第一 主として結體の原理に基ける詞姿

 第八章 問答法


 二八 問答法とは、作者が第三者の位置から平叙せず、二人以上の人物を點出して問答せしむるもの、例へば謠曲「羽衣」に とある類ひをいふ。従來の定義はかうであるが、案ずるに、問答體の文章を悉く詞姿と見做すのは、餘りに廣きに失する嫌ひがある。若し、問答體が單に其の形の問答式なる故を以て詞姿といはれるならば、平叙體も亦同じく平叙式なる故を以て一の詞姿と云はれるであらう。此の理由により、吾輩は問答法の意義を狹く限つて「二個以上の說或は道理を並べ說く時に其の主張者を假設して問答せしむる詞姿」と定義しやうと思ふ。例へば「戰後の施設に關しては、甲說をも乙說をも立て得る。」といふ代はりに、「茲に某氏あり甲說を主張せむ、然らば乙氏は難じて云はむ。」といふ風に叙するもので、これが空理を具現するに有力なることはいふ迄もない。架空の人物に託して自說を吹聽する等は狡猾なる論客の屢〻用ゐる手段である。 前のは自說を頭陀に託し、頭陀との問答によせて氣焰を吐いたもの、後のは煬帝と松下禪尼との問答に託して節儉の敎を具體にしたもの、而して二者共に問答式詞姿によつて平叙文の收め得ぬ力と味はひとを收め得たことは明らかである。韓退之の「進學解」なども、國子先生と書生との問答に託して氣㷔を吐いたので、此の詞姿の應用である。