第二編 文章修飾論

 第一部 詞姿汎論

 第一章 詞姿の意義及び効力


  文章に思想を傳ふるだけで十分とするものと、思想を傳ふる上に讀者の情をも動かさうとするものとある。前者を知解の文と稱し後者を情感の文と稱する。さて、前篇に說いた四個の基礎的要件はあらゆる文章の基礎として必要のものであるが、殊に之れを要するは知解の文である。精確、明瞭、純粹、隱當、之れを知解の文の生命といふべく、例へば、律令の文、數學科學の文の如きは精、明、純、隱、其の能事了はれりというても可い。さりながら情感の文は大いに之れと趣を異にする。勿論、情感の文とても、其の目的を達する根本的要件として精、明、純、隱なることを要求するが、尙ほ其の上に、美なること、力あること、莊嚴なることをも要求する。「明らかに」「隱かに」といふのは、譬へば普通一通りの花實を得むが爲めに雜草を除き害蟲を驅るやうなもので、其の上に美はしい花を咲かせ見事な實を結ばせるには、種々の手當を加へ肥料を施さねばならぬ。此の手當肥料を硏究し美はしい花實の何たるかを研究するのが、文章修飾論の職分である。是れまで述べて來た事は思想知識の筋道な明らかにする所以、言ひ換ふれは文法上論理上の骨組を正しくする所以の道で、之れに肉をつけ光澤つやをつけるのが是れより述べむとする修飾論の本領である。たゞの知識上の骨組は、情感の文、殊に文學的文章の上より見ればまことに價値の少ないもの、文章の價値は寧ろ之れに加ふる肉づけ光澤つやづけの如何にある。而して此の肉のつけ方、光澤のつけ方、言ひ換ふれば詞のあやなし方、之れを稱して詞姿と云ふ。
  さて詞姿とは如何なるものか、又如何ほどの効力あるものか。答へて曰はく、茲に「某といふ人が善人だ。」といふことを言ひ表はすとせよ。「彼れは善き人なり。」といふは、文法上論理上の骨組に於いては難の無い、正しい文であるが、思想の筋道が明らかに穩かに通ずるといふだけで、其の外には何等の味はふべき趣も見えぬ。さて先づ之れを倒まにして、「善き人は彼れなり。」と云はゞ如何。「善き人とはかやうの人をこそ」といふ重み、即ち其の人が善人の標本になるやうな趣が見えて一種の味はひを生じて來る。次ぎに「善いかな、彼れの爲人ひととなりや。」と改むれば、共の咏歎の體に又一種の趣が伴うて來る。「善いかな〳〵彼れの行や。」といへば反覆する所に面白味があり、「善いかな美はしいかな彼れの行や。」とすれば同調にして而も變化ある所に別種の面白味が添うて來る。「古賢にも比すべし。」といへば比較した所に、「善德其の物の化成したる如し。」といへば誇張し結晶せしめた所に、「彼れをも惡人といふべきか。」といへばわざと疑を設けたる所に、それぞれの風致がある。一本調子に筋道だけを云へば、甘味も辛味も無い事を言表の態度を變ふれば、かやうにいろ〳〵の面白味が生まれ出でて來る。こゝが詞姿の價値ある所というてよい。
  更に他の例を引かう。「暗い晩に稻妻が光る。」といふは思想の筋だけをことわつたもので、味も香も無い文であるが、「電光黑暗々の裡に閃きわたる。」といへば「黑暗々」「閃きわたる」の音調に電光のぴか〳〵するさま目前まのあたりに見せる力があつて、文章が活きて來る。更に「ばつさりと闇をつんざく稻光。」といへば、音調に實景直現の力ある外に、言葉が耳近く、且つ一種の律がめる爲めに、一層面白くなつて來る。「闇夜やみよに稻妻。」といへば簡潔にして餘韻ある所に趣味がある。又「嶮しい崖の上に一つの建物がある。」といへばそれだけであるが、之れを馬琴風に「見上ぐれば斷崖刀して削れる如く、一宇の樓閣雲に冲りて巖頭に立てり。」と云へば、其の比喩調子に一種の美趣が添うて來る。「塔勢如湧出、孤高聳天宮(岑參)といへば、飛泉の迸る姿などを思ひ浮かべて特殊の趣味あり、「河漢聲西流(杜甫)といへば、天の川の聲聞くばかりと、客を借りた所に不言の妙味がある。富士山の形を言ひ表はすにも、「底は何十方里、海拔幾百尺の所とり何度の角にて進むこと幾千尺にして出張つた所あり、又進むこと幾千尺、頂上に八つの尖頂角を刻めるもの……」などいへば、幾何學の說明の樣に聞き流してあはれ〳〵と感ずる人もなからうが、摺鉢を伏せた狀に譬ふれば三國一の姿忽ち眼前に髣髴し、倒まに懸けた白扇によそふれば東海の天に聳ゆる美觀があり〳〵と思ひ浮かぶ。かくの如きは、皆是れ詞姿の力によるもので、詞の形式容態にかやうな趣味を生み出だす働きがあるのである。 〔四〕思想の筋道を明らかにするだけの骨組以上に出で、文章に肉をつけ光澤つやをつけて特殊の味はひを傳ふることを修飾といひ、而して修飾の仕方形式を詞姿と云ふ。要するに詞姿とは詞のあやなし方、換言すれば言ひ表はし方の變態、即ち思想發表の形式が普通と違つて人を感ぜしむるものを云ふのである。
 詞姿は人を感ぜしむる爲めに用ゐる。然らば如何樣なる詞姿は如何樣に人を感ぜしむるか、如何樣に人を感ぜしむるには如何なる詞姿を用ゐべきか。詞姿が、之れによりて人を感ぜしめ、又之れに基きて用ゐらるべき原理があるか。曰はく、詞姿の原理を大別して八つとする。第一結體の原理、第二朧化の原理、第三增義の原理、第四存餘の原理、第五融會の原理、第六奇警の原理、第七順感の原理、第八變性の原理。あらゆる詞姿文飾は此の八種の原理によつて解釋さるゝ。