新文章講話

五十嵐力筆

緒論 其の一


  此の頃、我が國の文章、廣くいへば文藝全體の上に一大革新が起こつて來て居る。外ではない、在來の文章に附き物であつた、否、殆んどこれが無ければ文章でないとまで信ぜられた、しつッこい、持つて廻つた、ひねくれた、拵へたやうな、くッ附けたやうな、わざとらしい修飾を斥けて、素直に、自然に、あつさりと、巧まずに、平たく、事そのまゝ、物そのものを寫すといふ傾向である。他の言葉でいへば、語句の上の技巧たくみを去つて素通しに赤裸々に内容を見せやう、言葉といふ方便に重きを措かずに思想といふ目的物をむねと寫さうといふ傾きである。文章本來の趣意からいへば、在來の文には主客顚倒の嫌ひがあつた、媒介者たる語句が邪魔になつて本尊の思想が拜まれず、仰山な、込み入つた文句のあやを、やう〳〵おしひらいて見れば、内容は單純無價値の子供だましといふ趣があつた。譬へば、動物園へ行つてをりの内の珍らしい動物を見やうとするに、太い金網が邪魔になり、或は蔽ひの硝子に模樣があつて、肝腎の動物がはつきり見えぬといふが、昔の文章の弊であつたが、新式の文章の趣意とする所は、此の金網を細くし、硝子は模樣なしの素通しにし、成るべくは空氣の外一切の蔽ひなしにして、動物の正體を有りのまゝに見せやうといふにある。
  槪していふと、舊式文章の特色は典據的、技巧的といふ點に在り、新式文章の特色は現實的、自然的といふ點に在る。典據的といふは由來づきの雅言を用ゐ、昔風の句法、體制に據るの意、之れに對して現實的とは現在活用の語を用ゐ、現在の事實を寫すに適した新句法、新體制を取るの意、技巧的とは人工的修飾を多く用ゐるの意、自然的とはわざとらしい修飾を避けて、事物の有りのまゝを穩かに自然に顯はすの意である。
 まづ個々の語の選擇に關しては雅馴なる語、由來づきの語を用ゐるといふが舊式文章の理想であつた(無論多少の例外はあるが)。近道ちかみちといふよりは捷徑、夕方といふよりは黄昏、逃げ路よりは活路、「うろつく」よりは徘徊、「づう〳〵しい」「恥知らず」よりは厚顔無恥、「際どい」よりは間一髪、これが舊式文章家の言語選擇の標準であつた。同じ國語のうちでも、一日ひとにち一晩ひとばんといふよりは「ひねもす、夜もすがら」、安坐あぐらよりは歌膝、乞食よりは「かたゐ」、火藥、辨當よりは火藥くすりだま腰餉こしがれひ、「縛る」よりは「いましむる」、「ひどい」よりは「いみじき」、「煙たい」よりは「いぶせき」、「くだらぬ事」よりは「やうなき事」、「無茶な事」「聞こえぬ事」よりは「わりなき事」、「逢ひたい」「見たい」よりは「床し」「懷かし」、「雨だれ」よりは軒の玉水、「此の畜生!」よりは「いみじき盗人ぬすびとかな」、是れが同じく舊式文章家の狙つた所である。彼等は振假名の場合にまでも此の趣意を擴張して、準備と書いて「ようい」と振り、凡庸と書いて「よのつねのもの」と振り、日月、風雨と本字は漢文式に熟させて振假名は「つきひ」「あめかぜ」と倒まに施す等の細工をした。かやうに、舊式の文章家は槪して由來づきの雅言を選んだが、新式の文章家は之れに反して、現在活用のいき〳〵した、ぴん〳〵した語を使はうとする。暫らく例を小說に取ると、初めは對話にだけ俗語を用ゐたのが、段々地の文にも切り込んで、今は總體俗語仕立といふ方に近づいて來た。古語雅言は今の文章に於いて日に〳〵其の權威を失ひつゝある。
是等は殆んど現今活用の言葉を其のまゝに用ゐたもので、新式文章の代表と見るべきものである。
  章句の組立に關しては、奮式の文章家は成るべく技巧の妙を盡くして姿致橫生の趣あらしめるを理想とした。故に彼等は頻りに修辭上の詞藻を用ゐて、譬喩を引く、古事古語を引く、掛詞を用ゐる、擬人法を用ゐる、反覆する、誇張する、對句を構へる、其の結果、修辭の跡が如何にも目に立つやうになつて來た。いはば修辭の厚化粧で、言ひ廻しや、抑揚、頓挫、波瀾、照應、襯染等のわざとらしい細工が鼻について、素直なおのづからな味はひが少ない、是れが舊式文章の長所でもあり、同時にまた短所でもあつた。例へば仇討の事を書けば、直ぐに「豫讓が劍を橋下に磨き、忠光が眼を魚鱗に覆ふ。」といふやうな對句の引事が出る。或は十八九の田舎小僧が友の急を救はうとする時の詞に「轍の鮒に水をば飼はず、日を歷て枯魚を市に訪ふとも、亦何の益やはある。」といふが如き由來づきの名句を使はせる。或は「巫山の神女雲となり雨と容好なりよし振も好し。」「世にうき事の數そひて、身の痩せ見ゆる三重の帶、めぐりもあはず圓塚の、野火もろ共に消えて行く。」といふ如き秀句を巧む。さらぬも といふが如く、巧みに言ひ廻した文句を書く。而してこれが高じては譬喩の爲めに譬喩を用ゐ、文句の爲めに文句を弄ぶやうになつた。左に揭ぐる數篇はいづれもよく技巧式文章の長短兩面を示して居る。
 新式の文章家はかやうな修辭をば成るべく取り去つて、平易通俗なる活きた語で内容の事實をそつくりそのまゝ傳へやうとする。彼等は之れを呼んで無技巧の技巧(artless art)といふ。無論一切の修辭を斥けるのでない、唯だ前に擧げたやうな、人工の見え透くわざとらしい修辭を斥けるのである。例へば 舊式の文章に見るやうな、わざとらしい鼻につく修飾は殆んど無くして、事實を有りのまゝに寫したといふ趣があり、又修飾は無いながらに自然、淸新、活躍の妙味がある。新式文章の生命は此處にあるというてよい。但し、本論の旨意は、新式文章が當今最も進歩した、勢力のある傾向だといふので、これが現時唯一の文章だといふのではない。
  「無技巧」といふ語が新式文章の合言葉あひことばになつた所から、其の意義を誤解して修辭無用論を唱ふる者もあるが、これは甚だ謂はれなき說である。「無技巧」は舊式の技巧、わざとらしい文飾を排する意味で、一切の技巧が文章に不要だといふのでは決してない。修辭無用論は幾世紀前からの古い思想であるが、いづれも、時弊矯正の對症療法として唱へられるか、或は奇激なる反抗論として現はれたものである。文章が一の藝術なる限り、藝術に材料の選擇整理の必要ある限り、人心に嗜好といふものの存する限り、文章修辭の硏究の廢るべき筈がない。修飾を去らうとする、已に一の修辭ではないか、技巧を現はすまいとする、已に少なからぬ技巧を要するではないか。
 新式文章家の作にわざとらしい舊式の修辭の少ないのは事實である、けれども彼等の作にも一種の修辭が無いとはいはれぬ。啻だに舊式の技巧を除き去らうとする所に修辭の跡の見えるばかりでなく、舊式の文章眼から見て修辭と見るべきものも少なくない。試みに、自然主義の代表者として修辭無用論者に推重さるゝ人々の文章に就いて修辭の有無を調べて見やう。

  修辭學者が最も單純なる修辭と見るは語義の轉化を利用した修飾、謂はゆる轉義(trope)であるが、此の修飾は彼等の作に擧げ盡くせぬ程多く用ゐられて居る。例へば「十八番おはこ」といひ、「水臭い」といひ、「齒にきぬきせぬ」といひ、「白羽の矢が立つ」といひ、「胸が早鐘をつく」といひ、「一盃喰はされた」といひ、「御幣をかつぐ」といひ、「故郷に錦を飾る」といひ、「平仄の合はぬ話」といひ、「こくり〳〵と船を漕ぎ出した」といひ、「ダルヰン跣足はだしの學者」といひ、「同情の念が湧いた」といひ、「文句ばかり云つて居る」といひ、「ひとの賽錢で鰐口をたゝいた」といふ類ひで、而も是等はほんの一端に過ぎぬ。論者は或は之れを修辭と認めることを拒むかも知れぬけれども「得手」或は「得意の藝」といふ只言たゞごとを用ゐずして「十八番おはこ」といふ由來づきの語を用ゐ、「隔てがましい」「居睡りした」と云ふ普通語を用ゐずして「水臭い」「船を漕ぎ出した」といふ兩義を含蓄した語を用ゐたのは、已に立派な修辭的技巧である。妥貼な語を選み出すのは最高なる修辭的努力の一つとされて居る。彼等が「つくろはぬ」「飾らぬ」「小豆あづきつけぬ」「齒に衣きせぬ」等の同義語の中より特に「齒に衣きせぬ」の一句を選り拔き、「欺かれた」「瞞された」等の同義語を捨てゝ、「一盃喰はされた」を取り「厄介な役目を仰せつかつた」「貧乏籤にあたつた」等の同義語を捨てゝ「白羽の矢が立つた」を取り、「人の犢鼻褌ふんどしで角力をとる」といふ下品な同義の譬喩を捨てゝ「ひとの賽錢で鰐口」の上品な譬喩を取つたのは、取りも直さず、妥貼な語を選んだので、此のぴたりと嵌まつた語を用ゐるといふ事が、轉義の方面を外にしても、其の事だけで優に一種の修辭と見做さるべきものである。
  次ぎに在來の修辭學の要部を占めた詞姿(figure)に就いて見ると、此の點に於いても、新式文章家の用ゐた修飾が必ずしも少ないとは云はれぬ。 是れは正しく從來の修辭家の直喩といつた譬喩の一種ではないか。舊式の文章に比較すれば、自然で、落ちついて、わざとらしくない、譬喩の爲めに譬喩を弄ぶ嫌ひがないといふ所はあらうが、譬喩たることは疑ひなく、又此の譬喩の爲めに文の面白味の加はつたことも爭はれぬ。 是れが修辭家の謂はゆる隱喩ではないか。 是れは謂はゆる擬人法である。 謂はゆる皮肉法の中に屬するものである。 謂はゆる提喩である。 謂はゆる對句である。 品川の遊里をそれと斷らずに霞めて寫した所が花で、朧寫法ともいふべきもの。 謂はゆる漸層法である。
  組織、趣向の方面に於いても同じ事である。新式の文章には、唐宋八大家風や近松、馬琴風等の段取こそ無けれ、やはり自家一流の工夫はある。起承舗叙過結と無理に拵つたやうな組織法は顧みぬにしても、一種の秩序あり、聯絡あり、統一あるものでなければ立派な文章とは云はれぬ。さらりと筆を着ける新式の文體は「夫れ」「抑〻」「古語に曰はく」と事々しく起こした古文の體制に對して、やはり一種の組織法であらう。突然事件の中途に筆を起こして事未だ終はらざるに筆を收むる新式は、仰〻の起原から說き初めて芽出度し〳〵の結末に終はる舊式以上に擬つた結構であらう。要するに、昔風の組織、體制が行はれぬといふだけで、一種の組織、體制が依然として新式文章に存在するは疑ひなき事實である。
  詮ずる所、舊式の文章と新式の文章との相違は趣味の相違、樣式の相違で、技巧有無の相違ではない。昔の修辭のわざとらしかつたのに對して今の修辭は自然である。昔の文章に於いては文句が内容を離れて遊んで居たのに對して、今の文章は文句をば内容にしッくり調和させやうとする。畢竟、拵はぬ自然、有りのまゝの内容を活き〳〵と見せやうといふのが新式文章の努力で、泰西修辭學者の謂はゆる「術を隱すは術の至れる也。」といふ修辭の三昧境が其の理想である。
 前にもいうた如く、人間に趣味といふものの在る限り、文章が一の術である限り、語句選擇の必要のある限り、技巧の必要なる事は爭はれぬ。從つて人間社會に思想傳通の必要ある限り、文章修辭の學は儼然して存在の權利を有して居る。

〓:穴+鬼【国字:入力不可】