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濫喩 らんゆ catachresis


『ガンパレード・マーチ』1巻11ページ(さなづらひろゆき・SCE/メディアワークス 電撃コミックス)
  • 舞「速水厚志だな?」
  • 速水「えっ?あ… う…うん!」
  • 舞「舞だ  芝村をやっておる
  • 第62戦車高校より 迎えにまいった
  • 案内しよう 付いて来るがいい」
  • 速水「え?あ…あの…
  • あっちょっ…ちょっと待って……」
  • (てててててて…)
-『ガンパレード・マーチ』1巻11ページ(さなづらひろゆき・SCE/メディアワークス 電撃コミックス)
  • 定義重要度3
  • 濫喩 は、言葉を借りてくるレトリックです。例えば、机の「脚」を表すために使うことのできる固有の言葉がなかったとする。そこで、ほんとうは人間や動物のものに使われる「脚」という言葉を「やむをえず」借りてきて、家具である机の「脚」に用いる。すると次第に、もともとは誤用であったはずの言葉の借用が、ふつうのことばとして通用するようになる。これが「濫喩」というレトリックです。

  • 効果
  • 効果1 ことばが不足しているときに、それを補うために使う
  • ある対象を表現するためのことばが、ない場合に。そのことを補うため、通常の言語表現が満たすことができないスキマを埋めるために用いられるレトリックです。
  • キーワード:借りる、借り入れる、借用、補う、補充、埋め合わせる、カバー、埋める、埋まる

  • 使い方
  • 使い方1 なるべく意味の近い語を利用する
  • もともと、それを指し示すことばがないとき。そのときに、なるべく近いことがを利用してそのものを呼ぶことで、「濫喩」は成立します。

  • 注意
  • 注意1 誤用と受けとられかねない
  • 「濫喩」は、あくまで臨時で使われるものです。そのため、初めて見聞きした人には、誤用と受けとられかねなません。
  • キーワード:伝達、伝える、伝わる、コミュニケーション、簡潔、手軽、手短、

  • 例文を見る
  • で。
    引用は『ガンパレード・マーチ』1巻。

    主人公の速水が、舞と出会うシーン。

    今回引用したのは、
    芝村をやっておる

    という表現についてです。
    • (○)サッカーをやる
    • (○)マージャンをやる

    というのは、ふつうですが、
    (?)芝村をやる
    という言い方は、ふつうではありません。ふつうではない表現の方法だとはすぐに気が付きましたが、これを何のレトリックに分類するか、悩みました。悩んだ結果、これは、新しい概念を表す「濫喩」である、という結論に達しました。

    例えば、もしも本田技研工業の故・本田宗一郎氏が
    • 「ホンダをやっています」

    と言った場合、それは通じそうだ。
    『ガンパレード・マーチ』の作品の中では、「芝村」と呼ばれる一族が政治と経済を牛耳っている。だとすれば、
    「芝村をやる」

    という表現が、この世界観の中では通用するのではないか。

    つまり、もともと「芝村一族」は小さな力しか持っていなかった。その時点では、「芝村をやる」という表現は通用しなかった。
    しかし、「芝村一族」の力が大きくなり、政治と経済を牛耳るようになる。すると、その「芝村一族」であることを表現する言葉を新しく創り出す必要になった。

    そこで、「芝村をやる」という新しい表現が生まれた。もともとは無かったけれども、新しい概念として既存の表現から借用されて創りあげられた。

    私は、「芝村をやる」という表現をこのように解釈しました。このように解釈すると、「芝村をやる」という表現は「濫喩」に属することになります。

    このように考え、「濫喩」の例として芝村舞に登場してもらいました。


  • レトリックを深く知る
  • 深く知る1 「濫喩」が作られる理由
  • 「濫喩」が生まれてくる理由。それは、「言葉の数」に限りがあるのにたいして、「表現したい状況」というものが無限であるということから生まれてくるからです。

    ページの先頭で書いた机の「脚」のほかの例としては、「空港」とか「銃口」などがあげられます。「空港」は、もともと船がとまるためにあった「港」という言葉を、飛行機の離着陸の場所として転用しています。また「銃口」では、もともと人間や動物が食べ物を食べるときに開く「口」という言葉を、銃の弾が出る先端の部分の意味におきかえています。


  • 深く知る2 「濫喩」と「隠喩」との違い
  • このサイトを読んでくださっている方のなかで注意深い人は、一つ気がついたことがあるかもしれません。

    それは、
    この「濫喩」って「 隠喩 」とどこがちがうのか、わからない

    という人がいるのではないかということです。

    つまり「濫喩」も「 隠喩 」も同じように、本来使うべき場合とはズレた使い方で言葉をもちいています。たしかに、そこだけ見ると2つが同じようなレトリックなのではないかと思うかもしれません。

    しかし、「濫喩」と「 隠喩 」とには、決定的に違っている点があります。それは、「もともと使える単語があったかなかったか」という点です。

    つまり、「濫喩」には、「もともと使える単語」がないのです。ようするに必要によって、しかたなく「濫喩」となるような単語を使うことになるという特徴があります。

    反対に、「 隠喩 」には、「もともと使える単語」があります。あるのにもかかわらず、あえて本来とは違った言葉の表現をするということになる。それが、「濫喩」と比べてみた場合の「 隠喩 」のもっている特徴です。

    だから、この2つは大きな違いが1つあるのです。


  • 深く知る3 「革命」という単語が濫喩として使われることとなった理由
  • 実は私(サイト制作者)も、これに近い文章を「 引喩 」の説明をするときに使っています。

    「殷周革命を題材にしている『封神演技』の中でフランス革命の時の言葉を引用するのは、時代が逆転している」ということも気にしないで下さい。


    という文の中にある「殷周革命」の「革命」と、「フランス革命」の「革命」とは、意味が異なっています。

    まず昔からあったのは「殷周革命」のほうの「革命」ということばです。これは、「王朝が倒されて交代する」という意味です。

    だったのですが、日本に西洋文化を取り入れる時に、「revolution」という概念を日本に取り入れることになった。だけども当時の日本には、ピッタリ当てはまる表現がなかった。

    しかたがないので、もともとは「王朝が倒されて交代する」という意味の「革命」という語を借りて、「フランス革命」や「ピューリタン革命」という言葉を使うことにした。つまり、議会制になったり身分制が廃止されるといった「revolution」という意味まで、「革命」という言葉で表すことにした。これも一種の「濫喩」です。


  • 深く知る4 「濫喩」とまぎらわしいレトリック用語との区別
  • この「濫喩」は、「転用」と呼ばれたりもします。それほど多くはありませんが、たまに使われていることがあります。

    ですが、まったく別の「転用語法(enallage)」というレトリック用語があります。なので、それと混同するのを避けるため、このサイトでは「濫喩」という用語で統一しておきます。

    また。
    《catachresis》という言葉は、近世になって、「比喩を無理矢理に使う、みだりな表現」という意味をもつようになりました。

    ですがこのサイトでは、そういった意味での《catachresis》は、「乱喩」という言葉をあてて区別することにします。


  • 深く知る5 「濫喩」と「新造語法」との関係
  • この「濫喩」は、新しい言葉の使いかたを作っていることになります。なので、「 新造語法 」の1つと考えることもできます。

    新造語法 」については、その項目を参照してください。

  • レトリックの呼び方
  • 呼び方5
  • 濫喩
  • 呼び方3
  • 転用
  • 呼び方1
  • カタクレーシス・カタクレシス・カタクレーズ

※「濫喩」については、「乱喩」を意味するばあいもあります。ですが、「濫喩=転用」と濫喩は、分けて考えることにします。
※「転用」については、「転用語法」を意味するばあいがあります。そのため、このサイトでは「濫喩」という用語を使っていくことにします。
  • 参考資料
  • ● 『レトリックの消息』(佐藤信夫/白水社)
  • 「転用(=濫喩)」について、たぶん日本で最もくわしく書かれた本。同じ著者の『レトリック・記号etc.』(佐藤信夫/創知社)と『記号人間-伝達の技術』(佐藤信夫/大修館書店)も、あわせてオススメしておきます。

  • ● 『メタファーの記号論』(菅野盾樹/勁草書房)
  • もともと濫喩だったものが、時を経るにしたがって隠喩になる(=隠喩の濫喩起源説)。その考え方を否定している本です。