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いろいろな「辞典」「辞書」などをがどのように「レトリック」を説明しているか、みていくことにします。

なおこのサイトでは、レトリックを「効果的な言語表現を工夫する」という意味で使っています。

これは、かなり平均的な定義だと思います。

  1. たとえば。
    1. 「それぞれ異なる点に重点がおかれているけれども,どの主張にも共通の事実は,修辞学を効果的な表現の術と考えていることである.」


  2. 例を2つあげてみます。
    1. 「読者または聞き手を説得するなどの目的のために,表現に工夫をこらす技法,またはそれを研究する学問」

    2. 「修辞学は,説得のための言語技術であり,効果的な表現を行なうための理論体系である.」


  3. こちらも例を2つ。
    1. 「ことばを最も有効に使って、適切に、美しく表現するための技法」

    2. 「文章を作るに際して、ことばを効果的に、適切に、美しく用いる方法。」

といった感じになっています。まあ、大きな違いはないといえるでしょう。

ここまでが、「レトリック」のオモテ向きな定義です。けれども「レトリック」ということばは、もう1つの意味をもっています。それは、レトリックがもつ「ヤミの部分」です。

たとえば

  1. 「かつては、レトリックと言えば、白を黒と言いくるめる類の誰弁の術か、言葉を無意味に飾りたてるための化粧術、あるいはせいぜいが単なる言葉の遊びとしてしか見なされなかった時代があった。だから、その時代のレトリック研究者の仕事は、何よりもまずレトリックに対する「誤解」を解き、その悪名をはらすことから始めなければならなかった。
  2. 「レトリック」ということばはどうも評判が悪い。「それはレトリックにすざない」とか「レトリックにごまかされるな」とか、軽蔑的なニュアンスで使われることが多いようだ。長い間、文章のうわべを飾るまやかしの技術だったからだろう。たしかにそのことばには虚飾のにおいがしみついている。実質の稀薄な人工的なはなやかさが前面に立つ。」

つまりレトリックは、「社会に害をなすものだ」と考える人が多い。そういったわけです。
このように「レトリックは、うわべの上だけの表現」と考えるのには、一理あります。なぜなら、「レトリック」というものが生まれたときから、すでに悪者として扱われていたからです。

長くなるのですが説明すれば、つぎのようになります。

紀元前5世紀のギリシアにあるシラクサで、独裁政権が倒れた。そのため、独裁者から取り上げられていた土地を、もとの持ち主を返すことになる。そこで具体的には、民事訴訟をおこなうことによって、土地の所有権を主張することになった。

ここで、訴訟をうまく運ぶためことの専門家として、「レトリック」の使い手が現れる。

もちろん、レトリックの使い手が公平無私に弁論をしてくれば問題ない。しかし、自分を雇ってくれたの依頼どおり、土地を取り返すことができなければならない。そのため自然と、依頼主に有利なことだけを強調して法廷に立つ。

そのためレトリック使い手は、だんだんと舌先三寸になっていく。つまり、「レトリック」の技術を必要以上に使うことで、民事訴訟に勝つようになった。

けれども、裁判に負けた人々としては「レトリックを使ったために、うわべだけの言い回しのせいで裁判に負けた」と考えるに違いありません。

このようにして多くの人が、「レトリック」=「悪」というイメージをもつようになりました。

このようにして、シラクサで生まれた「レトリック」は、誕生したのと同じ時期に「悪だ」というレッテルを貼られてしまいました。

そして、現代でもレトリックは悪用される可能性はあります。未公開株を買うことにをすすめたり、ネズミ講に入ることを誘導したりするといった、たちの悪い詐欺が行われる時。そんな時にレトリックが使われているのは、確かでしょう。

けっきょくのところ、大切なのはレトリックの「使いかた」なのです。つまり「使いかた」が正しいかどうかは、レトリックを使う一人一人に、ゆだねられているのです。

「レトリック」そのものは、良いものでも悪いものでもありません。「レトリック」を使うことによって、その場限りでの無理な「こじつけ」にもなる。でも、すばらしい小説を生みだすこともできるのです。